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闇夜に輝く幻想魔術~幻術師は世界から狙われている様です~  作者: 流れる蛍
【第二章】愛と泪の都
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ゲノム流ストレス発散方法

魔道具の事を知ってから見るこの街の様子は、また違ったものになる。

よく見渡してみると、街の住人たる店の従業人は皆笑顔を浮かべている。

それだけならば接客が素晴らしい、教育が行き届いた優良な店だと思うだろう。


しかしお客の半数を占めるのは、他国の貴族だ。

中には平民を奴隷か何かと勘違いしている者もいる。


お酒を飲んでいるとそんな心根が表に露出する。

どんな些細な事でも、何か気に食わない事があれば怒鳴ったり、瓶で殴ったり、蹴り飛ばしたり、平手を食らわせたり、飲んでいた酒を掛けたりする。


それをこの街の従業員は悦びながら食らっている。

周りの者はそれを羨ましそうに眺め、食らった男はお客にお礼を言い、周りにドヤ顔で返す。


おそらくここが接客業の終着点だろう。

自ら諍いを起こし自己満足しないのはストラスかゴル姉の教育の賜物だろうか。



予想だにしないショッキングな映像を見たゲノムは、口元に手を当てて来た道を引き返した。

行きは背後から囁かれる嘲笑が今は聞こえてこない。

むしろ今のゲノムの方が奇異な目で見られそうなのに不思議なものだ。


フラフラとした千鳥足で歩くゲノム。

たまに人にぶつかりそうになるが、通行人の方が避けて歩く。

彼らにはゲノムの姿がただの酔っ払いに見えていたのだった。

下手に受け止めて吐瀉物をかけられては折角の着物が台無しになる。

今は仕事着しかり、勝負服しかり、高級なものを着込んでいるのだから。


「······気持ち悪い」


ゲノムの脳内では恍惚の表情をしながらスクワットする筋肉男が分裂をしていた。

稀にシャツの胸元を広げたストラスがチラつく。


「············絶対夢に出る」

悪夢だ。


今のゲノムは早く迎賓館に戻ってシロとゲヘナに会いたい気持ちで溢れていた。

早く可愛い二人を見て脳内をリセットしなければ、彼はどうなってしまうか分からない。


彼はこの街に来てから散々であった。


「あのぅ、大丈夫ですか?」


ゲノムが急に来た嘔吐きに悶えていると、それを心配した女性から声をかけられた。


顔が上手く見えない程、前髪が長い、気弱そうな女性だった。

冒険者なのだろうか、動きやすそうな服の腰に剣をぶら下げている。

歳はシロやゲヘナより二、三、上の頃だ。

髪の隙間から見える瞳には濃い隈が張り付いている。

むしろ声をかけられるのは彼女の方ではないだろうか。


「だ、大丈夫です。お気になさらさず」


ゲノムはその少女を軽く押し、先を急いだ。


「うぷ。オロロロロ·········」

「うわっ!」


たったそれだけで彼女はゲノムの足元に吐瀉物を撒き散らした。


「うぷ。すいません。かかりませんでしたか?」

「い、いや大丈夫······」


口元を拭いながら控えめに笑みを浮かべる少女。


足元がおぼつかない様で、顔を上げる際によろめきゲノムに抱きつく。

ゲノムは軽く苛立を感じた。


「······飲みすぎ?」

「はいぃっ! ついつい嬉しくなっちゃいましてぇ! あたし、あまりこんなにチヤホヤされる事ありまへんでしたからぁ!」


よろめきながら、ゲノムを伝い立ち直す少女。

ついでにゲノムのローブで口元を拭いた。


「あっ!」

「そうなんですよぉ! あたし冒険者なんです。よく分かりましたねぇ」

「······聞いてないし、当ててもないよ」


ゲノムは苛立ちを堪え、彼女を誰かに押し付けるべく辺りを見渡した。

しかしゲノムと目を合わせる者はいない。

むしろ彼を避けるように人並みが流れていた。


「もう散々だ。僕」

「すっかり一文無しですよぉ。うぇへへ························明日の宿代どうしよ」


ヘラヘラとした笑みから急に冷静になる少女。

ゲノムはとりあえず心を無にして嵐が過ぎ去るのを待つ。


「これでもオリハルコン級冒険者なのに文無し············うわぁん!」

「うるさいな、この人」


感情が行ったり来たり激しい少女にゲノムは付いていけない。


「とりあえず、宿に帰ったら?」

「はい! あたしナナ=ラズリ! 十八歳! 彼氏はいません!」


手を挙げ大声で自己紹介する少女。

周りは驚き、少女がただの酔っ払いだと気づくとゲノムに同情の眼差しを向けた。

指で代わってくれと伝えても、早足でどこかに行ってしまう。


「はぁ······。ナナさんね。どっから来たの?」

「何口説いているんですかぁ! あたしこう見えて身持ちは硬いんですぅ! 簡単に股を開くと思ったら間違いですよぉ! うひひ、股って! 股! まぁたっ!」

「口説いてないし、股とか言わない。恥ずかしい」


もう無視して帰ろうかと思ったゲノム。


「あたしはある指名手配犯がここにいるって聞いて来たんですよぉ! 変わった魔術を使う男でぇ、えっと············ゲム? ゲロ? そんな感じ!」

「············流石にゲロ呼ばわりは予想してなかった」


彼女の言葉が本当か定かではないが、どうやら彼女は最高ランクの冒険者で、ゲノムを追ってここまで来たようだ。


そんな彼女は自分の言葉がツボに入ったらしく、膝を叩いて爆笑している。


「ゲロはあたしかぁ! うひひひひ······ひ、ひ、ひぃ······、ひ、··················死にたい」

「ええっ!」


息も絶え絶えの笑いから急に無表情になり、背を丸めゲノムを追い越すナナ。


「············帰って寝る」

「······そうしなよ」


すれ違いざまに上目遣いでゲノムを見ると、彼女は言う。

髪の隙間から緋色の瞳が彼を睨む。

ゲノムは背筋が凍る感覚を覚えた。


「おやすみ。気持ち悪いお兄さん」

「ーーーー············」


彼女は人混みの中に消えていった。


「··················」


ゲノムは彼女の消えていった方向をしばらく眺めていた。




彼女の残した吐瀉物は、スタッフが慣れた手つきで片付けた。





「ジーク、いる?」


迎賓館に着くと、ゲノムは第一にジークを呼んだ。

何故シロやゲヘナを呼ばなかったのかは、彼に聞きたいことがあったからだ。

それは無論、先程会ったナナと名乗った女性の事。

ジークはお嬢様方の驚異となる者の名前は把握していると言っていた。

もし彼女が本当にオリハルコン級冒険者ならば、確実に詳しい話を知っている。

どうもゲノムには、彼女から嫌な予感がしたのだ。

彼が背筋を凍る思いをしたのは久しぶりのことだった。

因みに彼女が口を拭いたローブは脱いで裏返し、腕に掛けてある。


「あ、ゲノムさん! お帰りなさいませ!」


ゲノムの呼び声を聞いて、ジークは階段を降りてくる。


「······なんでそんな静かに降りるの?」

「走って降りるなど無作法でしょう」

「そうだけど、ゆっくり過ぎない?」

「いえ、私はこれが普通です」


「············」

「··················」


一歩一歩確かめる様に階段を降りるジーク。

ゲノムは変に思いながら、階段を登るべく足を掛けた。

するとジークは魔術を使い、ゲノムの前に立ち塞がる。

ゆっくり階段を降りるのが普通と言っていたのは何だったのだろうか。


「············? ······まあいいや。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、僕の部屋でいい?」

「いえ、出来れば外でお聞き致しましょう」


ジークを追い越すべくするゲノムだが、ジークが残像さえ見せる速度でゲノムの前を塞いだ。


「いや暗いから」

「月明かりの下と言うのも風情があって良いでしょう」


再びジークの横を通ろうとするゲノムと、立ち塞がるジーク。


「······なんで男二人で話すのにムードが必要なのさ」

「いえ、実は私もゲノムさんに相談したい事がありまして」


気づけばお互い距離を取り、腰を落としていた。


「··················ふぅん」

「························ええ」


ジリジリと間合いを詰める二人。

ひりつく空気が玄関ホールを満たす。

この戦いは、昼でのすれ違いから始まったもののリベンジ。

昼は負けそうになったが、今は体調も万全に近い。

万全とはいかないのは脳内をチラつく筋肉とゲロ女のせい。

だがそんな事は些細なこと。

今日自分が受けた苦痛は目の前の相手にぶつければいいのだ。


「······幻術の真髄を見せてやる」

「望むところ」


ゲノムは魔力を放出する。

感知すら出来ない程細く練られた魔力がジークに向かう。


「······ふっ」

「············えっ!?」


ジークがそれを避けられたのは偶然だ。

嫌な予感がし、体を僅かに逸らしただけに過ぎない。


だがそれは確かな隙。


ゲノムの幻術は魔力が相手に触れなければ効果はない。

ジークは瞬時にゲノムに肉迫する。


「甘いよ」


先程も述べたが幻術は相手に魔力が触れなくては効果を示さない。

だが、魔力はゲノムの体から放出される。

一時避けたからといって、接近されればただの的だ。


ゲノムは身体中から魔力を放出する。

極光色の魔力が辺りを照らす。


本来であればこんな戦い方をしないゲノム。

他に人がいればその人も幻術に掛かってしまうからだ。

それでもゲノムにとっては苦ではないが、何より面倒くさい。

だがこの場にはゲノムとジーク以外人はいない。

幻術のイメージに無駄な処理をする必要はないのだ。


「甘いのはどちらですか!」


ジークは構わず拳を振る。

彼は部屋で四人の会話を聞いていた。

所々聞こえない箇所はあったが、幻術についてはハッキリと聞き取れた。


幻術はイメージをしなければ発動出来ない。

ならばゲノムが効果を考える前に攻撃すれば良いだけのこと。


「残念、ハズレ」


ジークの拳がゲノムの鼻先を掠める。


「何!?」


幻術は魔力が触れなければ発動しない。

だがそれには例外がある。


「刻印ですか!?」


ジークの足元には幻術の刻印が刻まれていた。

魔力を放出した際に即座に刻んだのだ。


彼が攻撃したのは数センチ前に見せられたゲノムの姿。


「そ。近づくだけで僕を仕留められると思わないでね」


拳を振り切った反動で一瞬動きが固まるジーク。

その隙をゲノムは見逃さない。


魔力の糸はジークに吸い込まれる。


「な、なんですか、この光景はっ!?」


彼が見るのは先程見て感じたゲノムの羞恥、苦痛、後悔、絶望。

後ろから指を刺され笑われ、目の前には恍惚とした筋肉が、足元には吐瀉物を掛ける女。


「親友なら苦楽を共にしてこそだよね」


ゲノムは膝をつくジークを横目に、ほくそ笑む。

すっかり目的を忘れていたゲノムは、ゆっくりと階段を登った。


「僕の痛み、思い知れ」

以上、ゲノムのストレス発散方法でした。

皆さんもどうぞ試してみて下さい!

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