愛と泪の都
本日二回目の投稿です
「············え、何これ」
ゲノムは門で見た光景に、目を丸くした。
おそらく彼でなくても同じことを呟くだろう。
それほどまでに目に飛び込む映像は衝撃的なものだった。
邪神教徒と思われる男はこう言った。
門で見る光景は貴様が望むものでは無いと。
現の夢。
ゲノムはこの現実が、夢であればどれ程良かったと思ったことは無い。
「夢だ、これは······」
頭上からは色とりどりのネオンが地面を照らす。
昼間とは違い、闇の中その輝きは眩い。
空気中に光の粒が舞っている。
その正体は、光り輝くネオンに照らされる汗と涙。
上半身裸の男達が生み出す、光の粒子。
隆起する筋肉。
溢れ出す筋肉。
もう一つ筋肉。
筋肉、筋肉、筋肉。
一体彼が何をしたと言うのか。
こんな思いをする為にここに来たと言うのか。
絶望と言う言葉はこの為にあるのでは無いだろうか。
思わず地に手を付き、涙を流す彼を責めるものは誰もいないだろう。
「貴様が望むものでは無いって、こう言う意味かよぉ」
彼は去っていった邪神教徒の男を心の中で激しく恨んだ。
「僕はこんなの見るためにここに来たんじゃないよ。体と心を癒しに来たんだ。なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ」
もし罰を受ける事があるとするならば、ゲノムは二人に嘘を吐いた事か。
実はゲノムはこの旧ダストダスが色欲に塗れた街だと知っていた。
ゴル姉から聞いたわけでは無い。
ユウから依頼された魔道具を作る際に、彼から聞いていた。
ついでに「どうせなら童貞を捨ててこい」と無駄な一言を添えて。
言い返したゲノムにユウは「我にはマキナがいるからな」といつもの様に返したのだった。
ちなみにユウも初体験はまだである。
年齢的には魔法使いに近いユウだが、生憎彼は魔術が使える。
「······思い出したら腹が立ってきた。今度マキナにユウの秘密をバラそう。······シロを通じて」
ユウの事をこの世で彼自身以外を除けば最も知っているのはゲノムだ。
秘密の一つ二つは抱えている。
わざわざシロを通すという回りくどいことをするのは、彼が執念深いことも知っているからに他ならない。
「······っていうか、ゴル姉も何でこんな所に僕を行かせたんだよ。こんなの見て喜ぶのはストラスくらいだよ」
「呼んだか?」
「うへっ!?」
返答を望んでいた訳では無い声に、ゲノムは飛び上がる。
「え、なに? ここじゃ人を驚かせるのが流行ってるの!?」
「······? 言っている意味が分からん。俺の元に来たのは貴様の方だろう」
よく見れば、ストラスは豪華な装飾が施された椅子に腰掛け、足を大きく広げて構えていた。
肘掛にはベストと蝶ネクタイがぶら下がっている。
開門の挨拶が終わり、真っ直ぐこちらに向かったのだろう。
「······それにしても、ホスト街に貴様が見えた時にはもしやと思ったが、ここに来たと言うならば、俺と同じ嗜好を持っているのだな」
ストラスの目の前には上半身裸の男がそれぞれ筋トレに励んでいる。
ストラスに釣られて見てしまったゲノムは嘔吐く。
「それならば俺にこんな魔術を刻んだことも納得出来る。······ふん。ならば昼に会った時にそう言えばいいものを。ようこそ、我が街へ」
「ち、違う。僕女の子大好き」
手を広げ、今更お迎えの挨拶をするストラス。
ゲノムは全身に汗を流しながら激しく首を振る。
「······? 貴様の言うことは分からんな。女でもゴルゴンディアの様に素敵な者はいるだろう。··················っ! まさか貴様!?」
立ち上がり拳を握りしめるストラス。
ゲノムは彼の勘違いを体全てを使って否定する。
「それも違う!! ゴル姉は僕らの母親だよ! 恋愛感情は持っていない!」
「そうか。それならば良いが」
座り、筋肉を見るストラス。
またしてもストラスに釣られ、ゲノムは前を向こうとするが、直ぐに体ごとを目を逸らす。
「ゴルゴンディアはいい女だな」
「············知ってるよ」
ストラスが頬を軽く染めるのは、恋慕を抱く想い人の姿を浮かべてか、目の前の筋肉によるものか。
「············聞いてもいい?」
「何だ?」
「あれって何をしているの?」
「見て分からないか?」
「分からないから聞いてるんだけど」
「筋トレだ」
「知ってるよ!!」
歯を見せながら言うストラスに、彼は激しいツッコミを誘われてしまった。
「そうか。············少し長くなるが、いいか?」
「短くね」
ゲノムから合意を得たストラスは語り出す。
「貴様に敗れてから、俺は激しい憎悪に体を焼かれた。貴様を殺してやると。だが同時に、体が恐怖に怯えている事に気付き、絶望した」
ストラスが語るのは、この街がダストダスと呼ばれた頃ゲノムに舐められながら敗北したその後のことだった。
「貴様の最後に掛けた幻術、「夢幻」と聞こえたが、間違いないな?」
「うん。人が感じる苦痛をいっぺんに与える魔術だよ。一応、僕の最強の幻術」
「一つ聞きたい。貴様はあれを耐えられるか?」
「そりゃそうだよ。あれは僕の記憶からイメージしているからね。体験しないと幻術は上手く使えないよ」
「············そうか。やはりな」
ストラスはそれを聞くと、筋肉から目を外し空を見上げた。
その目は細められ、当時の光景を思い描いているのだろう。
「俺はアレに耐えられなかった。完全に敗北だ。今でも夢に見る。······今となってはその夢が楽しみになってはいるが」
さらに目を細めたストラスに、ゲノムは一方大きく引き下がる。
「············うわぁ」
「引くな。貴様が掛けた魔術だろう。············話を戻すぞ。貴様に負けた日から俺は何も手に付かなくなった。だが不思議と国民は俺を見捨てなかった。今いるこの街の住人は殆どがダストダスにいた連中だ」
ストラスは治安は出来ないが、カリスマ性はあったようだ。
奴隷を失い、威厳を失っても彼に憧れ付いてきた者は多かったらしい。
「気を取り戻すのに時間は掛かったが、俺は再建に力を入れようとした。貴様のような刺客が現れない真っ当な国へ。だが一度薬に手を染めた者や、異常な性癖を持ってしまった者は、そこから抜け出すことが困難だった。俺達には破滅の道しか残されてなかったのだ」
ダストダスの住人は日常的に犯罪に手を染めるものが殆どだった。
犯罪は癖になると言うのは本当の事。
奴隷商売という国の礎を失い、金が無くなった国では彼らの欲望を満たすことが出来なくなり、治安は昔より悪化したらしい。
「俺はさらに絶望した。学のない俺だ。やったことも無い治安をしろと言われても無理がある。何をしても、嘗て国だったこの街は足元から崩れていく。············そんな時、俺達に女神が舞い降りたのだ」
「············ねえ、長くない?」
「そうだ。女神とはゴルゴンディアの事だ!」
「聞いてないし······」
短くと言ったにも関わらず長い話に辟易しゲノムは水を差す。
しかし話に熱が入り始めたストラスには聞こえていないようだった。
「彼女は突然目の前に現れた。一目惚れだった」
「············僕何してんだろ」
ゲノムは諦めて話を聞くことにした。
「俺は直ぐにプロポーズをした。だが彼女は言った。国すら纏められない男が女を口説こうなんて百年早いと。その通りだと俺は思った」
「············?」
ゲノムはこの時点で何かがおかしいと感じ始めた。
「だが俺には国を纏められる力がない。俺は彼女に縋った。女に涙を見せたのは初めてだった。すると彼女は」
「············ごめん、ストラス。ちょっといい?」
「なんだ? 今いい所なんだが」
「これってなんの話?」
「俺とゴルゴンディアの馴れ初めの話だろう?」
「違うよ! あれは何をしているのかって聞いたの!」
ゲノムは見たくもない筋肉集団を指さし叫ぶが、ストラスはゲノムに怪訝な目をして答える。
「······筋トレと言っただろう?」
「え、本気で言ってたの?」
「············? 話を続けていいか?」
「あ、はい。どうぞ」
「彼女はしばらくして魔道具を持ってきた。何でも、命令に違反すれば電撃が流れる上、深層心理を深く操るものらしい。首輪と違って背中に貼り付けるだけでいいようだ」
「············あ」
ゲノムはユウに昔頼まれた依頼を思い出した。
ユウからの依頼は、今ストラスが言ったような刻印を魔道具に刻んで欲しいとの内容だった。
当時ダストダスから帰って日が経っていなかった為、ストラスに刻んだ刻印をそのまま刻んだのだ。
その効果は、苦痛を快感に感じると言うもの。
筋肉好きにする刻印は面倒だったので刻まなかったが。
ゲノムは改めて目の前の筋トレをする男達を見る。
全員背中の一部に刺青の様なものが見えた。
その顔が赤いのはトレーニングで火照っているからではなかった。
筋肉を虐める苦痛に快感を感じ、恍惚としている表情だったのだ。
「······その魔道具ってかなり作った筈だけど、もしかしてここの住人って」
「一人の例外無く貼りつけている」
「やっぱり」
ゲノムは一瞬で刻印を刻んだので定かではないが、その数は数百はあった。
「······ごめん、気分が悪くなったから帰るね」
「ん? ああ。続きはまた今度話そう」
ゲノムはその場を急ぎ足で引き返すのだった。
ゴル姉の性別ですか?
ほら、他の作品にも性別不明のキャラがいるじゃないですか。
それです。




