乙女会議~前編~
「さて、会議を始めますわよ!」
「司会進行は私達、ラピスとミザリーが務めさせて頂きますわ!」
「おお」
「わくわく、なのです!」
ラピス、ミザリーの姉妹とシロとゲヘナの四人は、ゲヘナに宛てがわれた部屋に集まっていた。
四人はそれぞれ浴衣を着ている。
ラピスとミザリーは色違いの薔薇柄、シロは四葉のクローバ柄、ゲヘナは撫子柄。
それぞれのイメージでゴル姉が選んだものだ。
二人の浴衣の裏にはゲノムの刻印が刻まれているので二人の姿が見られる心配は無い。
「ジークはお姉様の指示の元、部屋の前で見張りをしております。ゲノムさんか戻ってきたら、こちらに入らない様に引き止める役も兼ねておりますわ」
「心配しなくても、ゲノムは私の部屋に勝手に入らない」
ゲヘナの断言に、舌を打ちながらミザリーは指を振る。
すこしイラッとしたのはご愛嬌だ。
「油断は禁物ですわよ。男は卑怯な生き物、と聞いておりますから。今彼ははどこかに行っているみたいですが、隣の部屋にいたら壁に耳を当てて聞いていてもおかしくはありませんわ」
つい数時間前の出来事を彼女は忘れている様だ。
「ゲノムかその気になれば、部屋に入って堂々と聞く。私もシロも気付かない······もしかしたら、今も部屋にいるかも」
「「ひっ」」
ラピスとミザリーが悲鳴を上げながら部屋を見渡す。
「だ、大丈夫なのですよ。ゲノムは街の様子を見に行ったっきり戻ってきてないのです」
「そうですか。花街に行きたがっていた様ですから、もしかして覗きに行ったのかしら」
「それも大丈夫。もし行ったら一週間口を聞かないといってある」
「私達がそれを言ったら凄く悲しそうに出ていったから、大丈夫なのです」
「そ、そうですか······」
ラピスは、ゲノムさんも大変ですね。と思うが口にしない。
彼女達の国では、結婚してなければ浮気は許されるといった風潮がある。
男も女も、真実の愛を探すと言う名目の元に、人目見た瞬間情熱的に口説くのだ。
逆に結婚していれば刃傷沙汰の上殺されても文句は言えないが。
そんな国で暮らす二人が未だ生娘であるのは、ジークの尽力による賜物である。
「さて、では私が探りを入れた結果ですが、彼は胸に興味はありません」
「やったのです!」
「くっ。成長を止めないと」
早くも勝利宣言をするシロと、胸を掴み悔しがらるゲヘナ。
そんな二人をラピスは手で制す。
「お待ちなさい。彼が小さい胸が好きと言う決定的な証拠はありませんわ。男性の好みは星の数程あると言います。もしかしたら胸よりお尻に惹かれるタイプかも知れませんわ」
「お姉様、そもそも女性に興味が無い可能性も」
「ミザリーはお黙りなさい。貴方こちらに来てから変ですわよ」
「······失礼しました」
ラピスに注意され渋々上げていた手を下ろすミザリー。
だが、ラピスは顎に手を当て考える仕草をする。
「しかし、ミザリーの言うことは一理ありますわ」
「やはり!」
目を怪しく光らせるミザリーだが、ラピスは冷たく否定する。
「違います。こほん。······なんと言うか、ゲノムさんは人そのものに興味が無い気がしたんですわ。私と話している間も彫像を見ているかの様な············お二人は何か知っておりますの?」
ラピスの問いかけにゲヘナとシロは顔を見合わせる。
「ゲノムはあまり昔の話をしない。だから、よく知らない」
「私が聞いてもはぐらかされるのですよ。あ、でもユウなら何か知っていると思うのです!」
「確かに。ユウとゲノムは昔、旅をしていたって聞いた。私達が知らない事を知っていてもおかしくは無い」
「ユウ? 珍しい名前ですわね。誰ですの?」
初めて聞く名前にラピスは尋ねるが、シロもゲヘナも腕を組んで答えあぐねる。
「誰と聞かれると困るのです。村にいる神父様なのですよ」
「神父様ですか。どちらの宗派なのですか?」
「邪神教徒」
ゲヘナの答えにラピスとミザリーは目を見開いた。
ミザリーは目を輝かせて身を乗り出している。
「じ、邪神教徒ですか!? 本当に実在していたのですね」
「わわわ私、大ファンですわ! 世界の至る所に存在を示し、その姿は誰も見たことの無い、深淵に潜む闇の集団。世界で事件がある時は、必ずその影があると言う。嗚呼、格好良いですわ」
「ミザリーは好きですが、私はそれ程でも。そもそもそんな存在がいる事すら眉唾でしたから。誰も見た事ないのに、そこにいるって、完全に矛盾してますから」
「お姉様は人生を損しておりますわ! 舞台でもそれらしい役割は必ずと言っていい程出てきてるではありませんか!」
「あ! 出ましたわ! 人生損してる発言! 別に私は私の好みがありますの! 妹とはいえ、そんな事言われる筋合いは御座いませんわ!」
「いいえ、断言出来ますわよ! 確実に損をしていますわ! あの影の名役を理解できないなんて可哀想! そこにロマンがあると信じられないなんて哀れすぎますわ!」
「あ、哀れまれる筋合いもありませんわ! 貴方こそ今変な趣味に目覚めそうになってる癖に!」
「ちょ、何喧嘩しているのですか!」
「うるさい。人の部屋で騒がないで」
突如として始まった姉妹喧嘩にシロは焦り、ゲヘナは耳を塞ぐ。
その間にも二人の言い争いは温度を上げ続け、言葉が浮かばなくても言い争う。
ついに二人は金切り声を上げてお互いを罵倒し合い始めた。
「ミザリーの吊り目!」
「お姉様の厚化粧!」
「「············くぅっ!」」
胸を抑え蹲る二人。
「なんて非生産的な喧嘩」
「落ち着くのです! お互いダメージを受けるなら言わない方が良いのです」
呆れたゲヘナが声を出し、シロか仲裁を試みる。
しかし二人の耳には入っておらず、二人は相手と自分を傷つけ合う。
「ミザリーの処女!」
「お姉様の行き遅れ!」
「「············ぐっ!」」
「もう、もう見てられないのですっ」
「既にお互いの命はゼロ。」
シロが顔を背ける。
流石に気の毒になったゲヘナも仲裁を試みようとしたその時、四人に救世主が現れた。
外で見張りをしていたジークだ。
音もせず入ってきた彼は、言い争う二人の唇に指を当て黙らせる。
「もうおやめ下さいお嬢様方」
「「離してっ!」」
二人はジークの指を払う。
しかしジークの指は微動だにしない。
むしろ手を払った二人が痛みに手を抑える。
「いいえ、離しません。少々賑やか過ぎました。ゴル姉様が先程様子を見て来られましたよ」
「これは、ゲヘナさんとシロさんの恋路を応援する会だったのでは?」
ジークの言葉に二人ははっとする。
「ですから、少々頭を冷やしてご覧下さい。そしてお嬢様方も身近に貴女方を想っているーー」
「そうでした。ジークの言う通りですわね。ごめんなさいジーク。手を煩わせてしまって」
「お姉様共々謝罪しますわ。それでジーク? 身近に、なんですの?」
「············いえ、何でもありません。見張りを続行致します」
ジークは心做しか寂しそうに部屋を出ていった。
「ね、シロ?」
「んー······やっぱりそうなのですか?」
ゲヘナとシロは目を合わせて会話する。
その目配せが何を意味するかお嬢様方も分かっていた様で、二人揃って唇に人差し指を当てる。
その頬は同じ色に染まっていた。
「駄目ですわよ。野暮な事を聞いては」
「私達どちらか決めて頂けない限り、答えは出しませんの」
「「乙女は自らを守ってこそ乙女なのですわ」」
ゲノムの様子を挟んでこの話は続きます。




