【序章】闇夜に輝く幻想魔術③
「起きろ!」
「ぐっ」
背中から訪れた衝撃にゲノムは目を覚ます。
「顔を上げろ!王の御前だ!」
「うぇっ!? った!」
ゲノムは痛みに顔を顰めるが、突き付けられた無数の槍の矛先に慌てて立ち上がる。が、すぐに足を蹴られ膝を着かされた。
流石にイラッとしたが、刃を突きつけられ動けない。彼は周囲を見渡す。
まず目に入ったのは、先程の騎士とは違った鎧を着た人物達。彼らはこれでもかと金銀宝石を散りばめた槍を構えていた。鎧にもそれぞれ違った装飾が施されており、巨大な亀の甲羅を背負った者や、中には沢山の羽根を付けた者もいる。実に動きにくそうだ。この国の兵士は何を目指しているのだろう。
次に目に入るのは高座に座った、お世辞にも美しいと言えない顔をした男である。
外見を服装で取り繕うが如く、明らかに趣味の悪い派手な法衣を見に纏っている。光の加減で色が変わるらしく、ゲノムからは虹色に輝く深海魚にしか見えなかった。兵士と合わせて奇天烈なカーニバルだ。
対して隣には美しい金髪の、これまた美しい目鼻整った少女。周りが派手を極めた衣装と転じて、白一色のドレスを着ている。しかし細かな刺繍と素材からか、不思議と浮いていると感じることがなかった。俯くその顔は儚さを漂わせその魅力を一層高めている。
だがゲノムのお眼鏡には叶わなかったらしく、二人を交互に見ると「うへぇ」と奇妙な声を上げ、兵士に小突かれていた。
「貴様が幻術師ゲノムか」
威圧感のある声が響く。ゲノムはギャップで吹き出しそうになるのを堪える。
「余はザイクオン=リノ=グランリノ。このグランリノ王国の王である。隣に座るはティア=リノ=グランリノ王女だ」
「······く············せ」
どうやら王女は話すことが出来ないらしい。王女の名乗りも王がしていた。だがよく耳を凝らすと俯きながらもずっと何やら呟いていた。
「おい!」
「いたっ」
返事をしない事を見かねた背後にいた兵士が、ゲノムの背中を槍の石突で小突く。
「王は貴様が幻術師か聞いている」
「······はい。私が幻術師ゲノムです」
流石に命の危険がある場所で嘘はつかず、彼はあっさりと名乗った。
「ならば、貴様がかの自由都市、ダストダスを滅ぼした男で間違いないか」
王が尋ねる。だがゲノムはしどろもどろになりつつ曖昧な返事をする。
「い、いえ、滅ぼしては······」
自由都市ダストダスとは、グランリノ王国の東に位置する小国である。自由都市が表す通り法律の無い類稀な国で、薬物、闇奴隷、殺人など、他国からは非合法とされる仕事を生業をしている者達の巣窟であった。
そんな彼らを纏めていたのが一人の男。『魔槍のストラス』と異名を持つ、世界最強の槍使いと名高い男である。
最近、とある男に滅ぼされ、国名が変わったとの噂もあるが。
「腕が立つ様には見えんが······ストラスは噂に聞く程の武勇では無かったと言うことか」
「いえ、だから······」
ゲノムの言葉を無視して、王は立ち上がり兵士に向け拳を掲げた。
「だが、皆の者! この者を捉えた事によって、我が国の騎士は、たった一人でダストダスを滅ぼすに足る力を持つことが、証明された!」
王の言葉に周りの兵士は大きく頷く。兵士の中から「まさか」「ついに」等といったざわめきが聞こえる。
ゲノムは置いてきぼりである。
「我が国は明日、周辺国家に宣戦布告する事にした!!」
「「「おお!」」」
兵士から大きな歓声が放たれる。眩い槍を掲げて大盛り上がり。
「なにこれ······あれ?」
カーニバル会場と化した場に、様子が違う人物がいた。
王国騎士団副団長リッツである。周りには呼ばれていないのか他の騎士団の姿が見えない。彼は感情を伴わない瞳で辺りを眺めていた。
「······ーー」
彼はゲノムが見ていることに気付き、にこりと微笑んだ。
「そこでだ。貴様の力を我が国に振るうて欲しくてな。そうすれば兵力は二倍、負けることは無い」
不敵に笑う国王に周りからは称賛の声が上がる。
そもそも僕、承諾したつもりは無いんだけど。とゲノムは思うが「分かっているとは思うが貴様に拒否権なぞない」と釘を刺されてしまった。
ムスッと不満を顔に出すゲノムだが、国王は何を勘違いしたのかニヤリと口元を歪めた。
「ああ、報酬か。心配するな。何でも望む物を言うがいい。我が国は豊かゆえ、何でも手に入る。金でも女でも。まあ、女と言っても貴様に合う者がいればいいがな」
「······」
王の言葉にゲノムはチラと王女の方を見る。ゲノムは別に王女のを見ていた訳では無いのだが、その視線をあざとく察した王は鼻で笑う。
「ん? コイツか? ああ、こいつは中々具合がいいぞ。戯れに抱いてみたが流石はワシの娘、相性がいい。報酬代わりに度々兵士に貸してみたが、評判が良い。ま、今は壊れてしまったがな」
「······うわぁ」
思わず溢れた声にゲノムは慌てて口元を塞ぐ。
「ふん、つまらん反応だ。まあ、貴様が生き残ったら貸してやろう」
「······いらないよ」
「そうか。ならばもう話すことは無いな。リッツ!」
「は。ここに」
いつの間にかリッツがゲノムの横で傅いていた。
「開戦までこやつを牢へ繋いでおけ! 分かっていると思うが、逃がすなよ」
「はっ!!」
☆
国王との謁見が終わり、ゲノムとリッツは肩を並べて城内を歩いていた。
「あまり王への意見は止めた方がいい。死期が早まるだけだよ」
「それより、これいいの?」
現在、ゲノムには何の拘束はされていない。逃げようとすれば逃げられる状況だった。
「私がいるから大丈夫さ。私の結界魔術は身をもって知っているだろう?」
にべもなくあっさりと言うリッツに、ゲノムは肩をすくめる。
「君はあんな王に仕えてて平気なの?」
謁見の間での彼の態度が気になった事もあり、ゲノムはつい聞いてしまう。
「······あれでも兵士には慕われているんだ。欲望に託けた紛い物だけどね」
そう答えるリッツは、苦々しい顔をしていた。
どうやらあの王は地位と財力を利用し、兵士に対してはどんな物でも報酬として用意するらしい。金が欲しければ税を使って用意し、気になる女がいれば力づくで抱かせる。民衆の人気が無い理由だ。
「クズだね」
「······」
ゲノムの言葉にリッツは返事こそしなかったが、夕暮に照らされた表情が全てを物語っていた。
牢は地下にあるらしい。長い螺旋階段を二人は下りる。手摺はなく、時折吸い込まれる風により落ちそうになる。
無言で下りていた二人だが、不意にリッツが声を掛ける。
「少し君に聞きたいことがあるんだ。いいかな?」
「······いいよ。僕、君のことは嫌いじゃない」
ゲノムはあまり人の事を信用しない。平気で嘘をつくし、人を騙す。だがゲノムは自分に似た何かを感じ、思えばそんな事が口を出ていた。
一瞬目を丸くしたリッツだが、直ぐに朗らかに笑った。
「はは、ありがとう。そうだな。まずは、偽の金貨を使用した件かな。君の魔術が話に聞く能力なら、いくらでも誤魔化しが出来たんじゃないかな? 例えば金貨じゃなくて、そうだな。銅貨を使うとかさ。それなら釣り銭の間違いとかで処理される事が多い」
「確かにね。でも絶対じゃない」
その質問は予想していたのか、ゲノムは間髪入れず答える。
「うん。でもまだあるんだ。ダミーに石ころなんて使わず本物の銀貨を使うとか、近場の店じゃなくて離れた店を対象にするとかさ。あと、泊まる宿を一週間同じにしたのもおかしい。お陰で通報からすぐ駆けつけることが出来た。どうも君の手口は杜撰と言わざるを得ない」
「考えつかなかっただけだよ」
「はは、そうか。じゃあ次だ」
地下一階を通り過ぎ、二人は地下二階に向け下り続ける。
「毎日の様に冒険者ギルドで迷惑行為を行っている、と。これは事実?」
「え!?」
ゲノムは思わず立ち止まる。それを見てリッツも足を止めた。
「私は前線に出て知り様がなかったが、何度も幻術を使っての嫌がらせを受けたと通報があったらしくてね。特に今日は酷かった様で、君が気絶している間、若い職員から悪辣辛辣非道且つ事実無言な妄言を吐かれた。と凄まじい抗議の連絡が来ていた様なんだ」
ゲノムの脳裏に一人の職員が浮かぶ。小さく、暇人か、と呟いていた。
「······そんな傷つけるつもりは無かったんだ」
「例えその気が無くても相手を傷つけたら謝らなくてはいけない。それも、なるべく早く。······そうだな、一先ず私から伝えておこうか。その後君から伝えに行けばいい」
「······大丈夫。機会が合ったら前向きに検討するからさ」
実は兵士達が着ている鎧の装飾品は、かなり希少な素材だったりします。
グランリノの兵士は特に戦ったりしないので、貴族同士の見栄っ張り合戦がこんな惨状を作り出した訳ですね。