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闇夜に輝く幻想魔術~幻術師は世界から狙われている様です~  作者: 流れる蛍
【第二章】愛と泪の都
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赤い紐は容易く解ける

ブクマも頂いていました!

読んでいただけるだけで嬉しいのに、いいんでしょうか······

見渡す限りの真っ白な風景。

歩けど歩けど変わらない景色。


幾星霜足を動かせば彼は辿り着けるのか。

目的はどこか分からない。

彼は自分自身のことすら曖昧なのだから。


何日、何年も彼は歩き続ける。

目的すら分からないまま。


男は言った。

彼のことを人間と。


女は言った。

殺さなくていいのかと。


弾ける紫電。

炎の弓矢。

氷の礫。


何故それらが自分に向けられているのか。

彼は何も知らない。


再び会った男は言う。

化物と。


再び会った女は言う。

やはり殺しておけば良かったと。


彼は冷たい石の壁を背に周りを見渡す。

いつもの景色。真っ白い風景。


頭の上から楽しそうな笑い声。

自分の背中には冷たい感触。

胸を刺す不思議な感覚。

漫然とした孤独。


彼は口ずさむ。

自分の名前を。


何故自分はここいるのか。

何故こんな想いをしているのか。


何故彼はそんな事を思い出しているのか。


ーーその答えはきっと。




「ーー僕が女湯の声を聞いているからだな」


ゲノムは突如とした虚しさに襲われた。


石に囲まれたお湯と当たりを見渡す限りの湯気。

真っ白な空間。


竹で出来た塀の向こうからは甲高い声が響いてきた。

すぐに分かる。シロとゲヘナだ。


「······僕は何をしているのだろう」


彼は自分の部屋で軽い仮眠を取り、目が覚めると風呂に入っていない事に気づいた。

ゲノムは基本的には綺麗好きである。


気づいてしまったら何だか全身が汚物に塗れているかの様な気持ち悪い感覚に襲われ、館内を歩いていたゴル姉から浴場の場所を聞いたのだ。


場所は迎賓館とは別の建物で、中から通路を通じて行き来出来る。

流石は迎賓館とあって、造りは豪華なもの。

完全木造建てで、この辺りでは珍しい装飾が施されてあった。


ゲノムは余り造形に詳しくは無いが、何となく違和感を感じ得ない組み合わせに思えた。

料理に例えると、とりあえず高級なものを入れておけば間違いなく美味い。と言わんばかりに。


浴場は男湯と女湯に分かれていて、当然彼は男湯に入った。

昔は魔術を駆使して女湯に侵入したが、若気の至りと言うものだろう。

彼も成長したのだ。


中には内湯と外湯があり、彼は体を洗うと真っ直ぐに外湯に直行した。


そして彼はお湯の中に溶けだす疲れを感じ、今に至る。


丁度シロとゲヘナも温泉に入っていたらしく、塀の向こうからシロが騒いでいる声が聞こえる。

よく聞くと、小さくゲヘナの声もした。


「······若いなあ」


何となくゲノムは呟いてみた。


仕切りの向こうではシロがゲヘナに注意されている。

激しい水音が聞こえる事から、シロが温泉で泳いでいるのだろう。


「ま、どうせ僕らしか居ないんだし、別にいいと思うんだけど······」


ゲノムは目を瞑り、ゆっくりと浮力に体を預けることにした。

静かな露天風呂。耳に響くのはお湯の音。

仕切りの向こうから聞こえる二人の声。


「······何でついつい聞いちゃうんだろう。塀の向こうの声って」


ゆらゆらと揺られながら、目を瞑り二人の声を聞く。


いつもの言い争いをしている二人だが、話は次第に変わって行く。


シロはぺったんこ、ゲヘナは発展途上。

シロはフサフサ、ゲヘナはツルツルらしい。


何の話かは知らないが、何となく居心地が悪くなったゲノムは内湯に場所を移すことにした。




湯に揺られ数十分。


のんびりとした空間を一人堪能し終えたゲノムが脱衣所で服を着ていると、横滑りの扉を開いて全身泥だらけのストラスがやって来た。


彼はこの時間まで一人でゲノム達の後始末をしていた様だ。


「······ゲノムか」


ストラスはゲノムに気付き、不機嫌そうに声を出す。

その顔は庭で最後に見ただらしない顔ではなく、ゲノムと最初に出会った時の威圧感を感じられる姿だった。


敵意は感じられないが、どこか居心地の悪そうにしている。


「や、ストラス。修復終わったの?」

「まだだ。穴は埋めたが、明日もう一度芝生を植え直さなくてはならない」

「そっか。頑張ってね」


ゲノムは着替えを素早く済ませようとする。

ストラスと同様にゲノムも居心地が悪かった。

貞操の危機を感じた訳ではないが、何となく場違い感を感じたのだ。


いそいそと服を着るゲノムと、脱ぎ始めるストラス。

無言で着替える二人。


先に着替えを済ませたのはゲノムで、彼は急ぎ部屋を出ようとする。


「じゃ、僕はこれで」

「待て、ゲノム」

「············なに?」


ストラスに呼び止められ、ゲノムは足を止める。

振り返らなかったのは懸命な判断だろう。

彼は今ふんどし一丁の姿で仁王立ちしていたからだ。


「············」

「何も無いなら行くよ」


何も言わないストラスを見ようとせず、ゲノムは扉に手を掛ける。


「············済まなかったな」

「············」


ポツリと呟かれたストラスの言葉。

それは、誰に対しての言葉なのだろうか。


ゲノムは背中から聞こえる紐を解く音を聞きながら、浴場を後にした。




彼はその音がやけに耳に残った。





「あら、ゲノムさんじゃありませんの」

「や。えっと、ミザリー?」

「ラピスですわよ」


ゲノムは廊下を歩いていると、化粧をしていないラピスとばったり会った。

双子の姉の方である。


入浴後、特にする事が無くなったゲノムは館内を見て回っていた。

彼はここに付いてから彼は庭と自室、浴場しか訪れていない。

万が一何かあった時の為に、軽く見取り図を頭に入れて置こうと考えたのだ。


「やっぱ化粧してないと分からないね」

「それはそうですわ。素顔の私達を見分けられるのは、両親とミザリー、ジークの四人しかおりませんもの」

「へえ」


何故か大きな胸を張り得意げなラピスに、彼は感情を伴わない返事をする。


「ええ。······あ、シロさんも匂いで分かると言っておりましたね。化粧している時の方が分かりづらいとも言っておりましたが」

「ジークは?」

「ミザリーと一緒ですわよ。私達はいつも一緒と言うわけではありませんことよ?」

「そっか」

「え、ええ」


会話が続かない二人。

原因は明らかに適当な相槌を打つゲノムなのだが、ラピスはそれが耐えられない性格らしい。

社交的な国出身故にあまり慣れていないのだろう。


「ジークから聞きましたが、ゲノムさんはあの有名な幻術師だったのですね!」

「うん」

「底が見えない実力だとジークが言っていましてよ。彼があんな顔をするなんて知りませんでしたわ」

「じゃあ、捕まえる?」

「す、する訳ないですわ!」


めげること無くゲノムに話かけては、適当に流される。


「そ、そうです。この着物、素晴らしいでしょう? ユカタと言うらしいですわ」


そこでようやくゲノムは彼女の着ている衣服に目を運んだ。

薄く変わった素材の布に、色とりどりの薔薇の絵が描かれている。

一本の帯に巻かれた一枚の布は、胸元が開かれていて彼女の持つ双房が零れ落ちそうになっている。


「凄いね」

「ええ、ミザリーとお揃いなんですの。私達の国の花を描いた物を用意して頂けるなんて、素晴らしいお方ですわね。ゴル姉様は」

「うん。ゴル姉は凄いんだよ」


家族の話題になった瞬間興味を持ち始めたゲノムに、ラピスは手応えを感じて畳み掛ける。


「シロさんもゲヘナさんも素直な可愛らしい方ですし。ゲノムさんはとてもいい仲間に恵まれていますわね!」

「はは、仲間じゃなくて、家族だよ。間違わないで」


口調は笑っているが、ラピスは自らの経験から、地雷を踏んでしまった事に気づく。

だが彼女は聞いてしまう。


「そ、それは、違いますの?」

「違うよ。仲間って言うのは裏切るし、居なくなるんだ。家族は裏切らないし、いつも一緒だ。絆の強さが違う」

「······もしかして、過去に仲間から裏切られた事があるのですの?」


ラピスは気を遣いつつ控えめに尋ねるが、ゲノムは呆気からんと答える。


「いや無いよ」

「なら、何故その様な事を言われますの?」

「見てきたからね。ずっと長い間」

「············長い間って、ゲノムさんは、」

いくつか、そう聞こうとしたが途中で口を噤む。


彼女が見る男は、とても無機質で、自分など見ていない事に気づいたからだ。

瞳の奥には自分を映す光が灯っていなかった。


「私に興味が無い訳ではなく、人に興味が無いんですのね······」


同時に理解する。

ゲノムを必死になって落とそうとしている、二人の友人の気持ちを。


短い間の付き合いだが、二人は彼の事を愛していると言っても過言では無い程気持ちが溢れていた。

話す事は殆どが彼についてだし、それを聞いてラピスもミザリーも二人を応援したいと思った。

今も二人にアドバイスをする為、今もわざと胸を強調させて密かに探りを入れていた。


しかしラピスは不思議に思っていた。

二人の話から、シロとゲヘナは何度もアピールをしている。

なのに彼は全くと言っていいほど靡いていないとも。


自分なら諦めてしまうだろう。

なのに二人は絶えずゲノムへ付き添っている。


その理由を理解した。

彼は掴んでいなければ消えてしまいそうなのだ。


それこそ、彼の操る幻の様に。


「······君たちは差別って何だと思う?」

「······よく分かりませんわ」

「だよね、それが普通だよ。結局、身近に感じなければ何も分からないんだ」


それだけ言うと、彼は踵を返した。


「これは、シロさんもゲヘナさんも大変ですわね······」

ラピスは未だ浴場にいる二人を想い、浴衣の衿を直した。

シリアスに侵食されています。

ストラスさん助けてください!

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