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闇夜に輝く幻想魔術~幻術師は世界から狙われている様です~  作者: 流れる蛍
【第二章】愛と泪の都
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誘惑から眠りへ

食事もそこそこに、ゲノムはゆっくり休むことにした。

ジークは主人二人に耳打ちされ、食事の途中で席を立ち一緒ではない。


寝る前にシロとゲヘナに声をかけようと思ったが、どこを探しても見つからなかった。


まだ時刻は夕刻前。

休むには明らかに早すぎる時間であったが、彼はとても疲れていた。


ただでさえ慣れないキャンプで疲れていると言うのに、ゲヘナとシロの謀略により、夜眠れない日々が続いた。


さらに、ゲノムに言わせてみれば、ジークの勝手な勘違いで無駄な体力を使わされた挙句、ストラスと言う変態の相手までしたのだ。


加えて、花街の下見という楽しみさえ奪われた。


正に今は疲労の絶頂。

腹も満たされ、何もしなくては直ぐに寝てしまう状態。


今彼の状態を知る刺客がいたのなら、嬉々として襲撃しただろう。


しかしこの迎賓館は、種族故の強靭な怪力を持つゴル姉を筆頭に、最速のシロと、転移魔術を使えるゲヘナまでいる。

更には、今は主人のお世話に向かったジークも彼の味方になるだろう。


ゲノムは抜けている事は大いにあるが、頭が悪い訳では無い。

状況を鑑みて、今この迎賓館はかなり安全と判断していた。


なので、自分に宛てがわれた部屋を何の警戒もせずに開けっしまったのは、警戒心の強い彼の過ちとも言える。




「ゲノム、どう?」

「ゲノム、ゲノム、私を食べて欲しいのです!」


開けて飛び込んだ、シロとゲヘナの艶姿。

肌が透けるネグリジェを着込み、ベッドに横たわる妹とペット。

十四歳の少女の、全裸に近い姿。


一種の特殊な性癖を持つ者なら狂気乱舞する光景だが、それが家族であるなら別だろう。


ゲノムは何も言わず、扉を閉めた。



「······私は言った。ゲノムにはこの方法は違うって」

「ゲヘナはメモまで取って聞いていたのです! 誤魔化しても無駄なのですよ!」

「やはり、未婚の妄想話では無理があった」

「それは私も同意しますが、二人が可哀想なのですよ」

「でも、私達の周りに相談出来る人はいない」

「マキナもユウを仕留めきれていないのです。今度勝負に出ると言っていましたが」

「······それ、言っていい事?」

「あ、口止めされていたのです! 昔の人を忘れさせるって言っていたのは禁句でした!」

「もう全部言ってる。でも、村に帰ったら問いただす」


ドアの向こうで二人が騒いでいるのが聞こえる。

ついでに隣の部屋で「未婚の~」辺りで物音が聞こえた。


「······ジーク、いる?」


さらに物音が聞こえる。

大方、合流したお嬢様方の話を聞き、自分も聞き耳を立てていたのだろう。


「············」

「··················」


ゲノムには今や幻術を使う体力は無い。

シロとゲヘナの奇行は気になるが、村にいる時から二人は偶に似た事はしている。

最近の話だと、日記争奪戦の時のシロの背伸びした寝巻きだ。


ゲノムは何となく腹が立ち、強引に事を進める事にする。

決して、食事の前に負けそうになったからでは無い。


「ラピス、ミザリー聞いて。実はジークはーー」

「っ! ゲノムさん! 私はここにいます!」


ゲノムの声に、隣の部屋からドアを蹴破りジークが飛び出してきた。

今まで見た毅然とした姿ではなく、額には汗が止めどなく流れ、手まで震えている。


「何だ、隣にいたのか。ごめんね、うっかり大きな独り言を言う所だったよ」

「は、はは。全くご冗談が過ぎます。それで、何が御用ですか?」

「いや、ここには温泉があるらしくてね。ラピスとミザリーにも伝えた方が良いと思って」

「ご心配なく。私達もその事は既に存じ上げておりますから」

「そっか、要らない心配だったかな?」

「ええ、本当に。ははは」


二人が笑いあっていると、ジークが蹴飛ばした部屋から同じ顔が覗かせる。厚い化粧は落としてある様だ。


「ジーク、どうしたのですか? 慌てて飛び出して」

「そうですわよ。友達の勇気を無駄にして。後でおしおきですわね」

「はい。申し訳ございません」


二人にジークが腰を曲げると、ゲノムの部屋からシロとゲヘナが部屋を出る。

先程の作戦は止めることにしたのか、二人は普段の服装に戻っていた。


「あ! やっぱり私の部屋のドアが壊れているのです!」

「なんか、私の部屋でも同じ光景を見た」

「ジーク、貴方、ここに来てから変ですわよ! 久しぶりの遠征で浮かれているのは分かりますが」

「お姉様の言う通りです。私達だってまだ街をしっかりと見ていないのです。貴方がそんな事では先が思いやられますよ」

「はい。面目次第もありません」


自分の部屋の前で騒ぎ出す五人に聞こえるように、ゲノムは大きくため息を吐き、簡単な魔術を発動させる。


「······僕はとても疲れているんだ。そこをどいて、休ませて。ね?」


発動したのは単純な、寒気を感じさせる魔術。

寒気も知覚の一つで、疲れている今でも発動は出来る。



緻密な操作により五人の体に駆け上がる魔術は、背中から頭まで、一筋の線を描く様に寒気を与える。


五人は気持つが悪い感覚に背筋を震わせ、次いで胸を軽く押された感覚に襲われる。



言葉と同時に発動させたその魔術は、戦いを知っている者は別のものと感じさせた。


殺気と。


乗り切らないジークとの戦いでは見せなかった、ゲノムの本気の魔術だった。


「············っ!」


ジークは戦慄する。

つい先程見た自分の魔術の効果に頼ったものでは無い、精密な魔力操作によるものだったからだ。


今ゲノムは、魔力の流れをあえて見せている。


ジークは思う。

最後に言ったゲノムの言葉は、ただの強がりでは無かったと。

そして、何故今それを見せるのかと。


「ご、ごめんなさい、ゲノム。私は二人に唆されただけ」

「そ、そうなのです。私たちは悪くないのです」

「あ、ずるいですわよ! 私達はただアドバイスのつもりで」

「そうですわ! これはただの友人への好意で」


シロとゲヘナは魔術の効果によるものと認識しているが、ゲノムが怒っている事を感じ、慌てて言い訳をする。


ミザリーとラピスの二人は魔術を知覚出来ないが、得体の知れない感覚に不気味なものを感じ、二人の言い訳に追従した。


「どうでもいいから、さっさとどっか行って。僕は眠いんだ」


ラピスとミザリーの二人はジークに促されて渋々部屋を後にする。


シロとゲヘナも気落ちしながら三人の後を追うが、ゲノムが呼び止める。


「あ、そうだ。シロ、ゲヘナ」


「なに?」

「はいなのです」


顔色を伺いながら振り向く二人に、ゲノムは部屋に入りながら言う。


「さっきの格好、僕以外に見せちゃ駄目だからね」


ゲノムは目を丸くする二人の顔を横目で見て、扉を閉めた。


一拍遅れて扉の向こうからお嬢様方の歓声が聞こえるが、ゲノムは耳を塞ぎながらベッドに飛び込んだ。




彼は愛すべき二人の家族の匂いを感じながら、深い眠りについた。

次はゲノムの過去について触れようと思います。

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