協定者ストラス
「ん? 君達は座らないのか? 遠慮するな」
「い、いや、結構です」
「私も。御遠慮致します」
現れた男、ストラスはベンチに両手を広げ豪快に座っている。
ストラスは、この地がダストダスと呼ばれていた頃、頂点に立っていた男だ。
絡まれた見知らぬ男の甘言に惑わされたゲノムにより倒され、その頭に『幻想』という名の洗脳魔術を掛けられた男。
突如現れた男の出現で、すっかり二人の気分は戸惑いが優っていた。
「ゲノム、久しぶりだな」
ストラスが声を出す。
その低い声に何故か二人は背筋に冷たいものが流れた。
「······えっと、はい。ソウデスネ」
「······貴方はこの方とお知り合いで?」
「知り合いと言うか、その」
「ゲノムは俺に真実の愛を教えてくれた恩人だ」
「えっ······」
一歩後ずさるジークに、ゲノムは首がもげそうな位首を振る。
「違うって! 昔会って戦っただけだよ!」
「しかし、あの言い方だと······」
訝しげな視線を送るジークにゲノムは当時の話をする。
「ストラスと言う名は知っております。ですが、話に聞く姿と性格は全くと言うほど違います。噂では、残虐極まりない苛烈な男と聞いております。ましてやゲノムさんの······とは······」
「だから違うって言ってるじゃん!」
「勘違いするな。俺はその男に興味は無い。タイプではないしな。どちらかと言うのなら、執事の君の方がタイプだ」
「······ふぅ。だってよ、ジーク!」
「み、身に余る光栄です」
ほっと息を吐き、嬉しそうにジークを肘でつつくゲノム。
ジークは背筋を伸ばし、冷や汗を勢い良く流す。
「だが、済まない。俺には意中の人がいる。······そして君達は、私の将来のハニーが頑張って作った庭園をこんなにしてしまった······」
ゲノムとジークが振り向くと、ジークの踏み込みや、ゲノムが逃げ回ったせいで、芝生が荒れ放題の庭が目にうつった。
「············申し訳御座いません」
「僕はジークを避けてただけだし······」
「言い訳は無用」
「ごめんなさい」
強い言い方では無かったが、ゲノムはあっさりと謝った。
「そもそも、何故こんな事になったか、俺に説明をしてみろ」
「······それはジークが花街の下見に行きたいって」
ゲノムの言葉にジークは心外とばかりに声を出す。
「っ!? そんな事は言っておりません。指名手配されているゲノムさんがお嬢様方を害する恐れがありましたので、見定めに」
「だったらそう言ってよ! そもそも、そんな話ならボクはついて行かないって!」
ゲノムも負けじと声を出し、ジークを非難する。
彼の言葉に心当たりがあったのか、ジークは顎に手を当てて考える。
「確かにあっさりと話に乗ってきましたので変だと思いましたが······」
「僕はてっきり、僕より先に行きたいから妨害して来たのかと思ったよ」
「私はそんな卑怯な事は致しません!」
「知り合ったばかりなんだから、そんなのわかる訳ないじゃないか!」
「静かにしろ!!」
言い争いになりそうなるのを察知し、ストラスが重い声を放つ。
「っ!? この威圧感、本当にあの······」
「いや僕は悪くなくない?」
身をすくめるジークだが、ゲノムは尚も自身のスタイルを曲げることは無い。
それを見てストラスは、鼻で笑い、口元を釣り上げる。
「ふん。ゲノム、貴様はあの頃から全く変わっていない様だな」
「······いや、前会ったの半年前じゃん。何数年ぶりに会った宿敵感出してるのさ。············って、ああ!」
そこでようやくゲノムの脳裏にその時の光景が鮮明に浮かんだ。
白髪頭の老人に騙され、無駄な労力を割かれた恨みと、自分が掛けた魔術についてを。
確かあの時、彼はストラスに痛みや苦痛が好きになる様な魔術を掛けたのだ。
それも、生半可な腕では見破る事も出来ない様、ストラスの頭蓋骨に。
しかしストラスからはそんな印象を受けない。
当時より大分落ち着いてはいるが、気配や立ち振る舞いは以前のままだ。
無性にゲノムはそれを確かめたい衝動に駆られた。
「えっと、ストラスさん?」
「何だゲノム。······さん付けなんてするな。俺は貴様に負けたのだ。勝者は勝者らしく振る舞え。でないと負けた俺が惨めと言うものだ」
「······じゃあ、ストラス。この荒れた庭を戻して頂戴。だって僕らはお客様でしょ? 客人にそんな事をさせるの?」
「ゲノムさん、何を······?」
「シッ」
ゲノムは人差し指を口元に当て、ジークを黙らせる。
「······世迷言を」
ゲノムの言葉にストラスが立ち上がる。
ジークは怒りを買ったのだと思い、ゲノムに詰め寄る。
「あまり事を荒立てないで下さい、ゲノムさん。この男に暴れられたりすれば、お嬢様方にも迷惑を掛けてしまいます」
「······どけ、執事の男」
焦るジークを払い、ストラスはゲノムの目の前に立つ。
ストラスはゲノムより遥かに身長が高い。
彼の目の前に立つストラスは、余りある高さからゲノムを見下す形になる。
さらにゲノムは今幻術を発動していない。
ストラスが拳を横に薙ぎ払うだけで、彼は絶命するだろう。
だが、ゲノムにはほぼ確信に近い考えがあった。
それは、自身の魔術による絶対的な自信。
「······客人なら客人らしく、俺に命令すればどうだ?」
ストラスの言葉にジークは息を飲む。
だがそれによって、ゲノムの自身は確実の物となった。
「ストラス、庭をを手入れしろ。僕らが来る前より綺麗に」
「はいっ! 喜んでぇ!」
ストラスは満面の笑みを浮かべて庭に這いつくばり、手で穴を埋め始めた。
「······ねえ、ジーク。あの尻に強烈な蹴りを入れて。僕に向けたみたいな強いやつ」
「お断りします」
ジークは無表情で断った。
キャラ崩壊ゲノムさんの本領発揮ですね。
ストラスの話は1話目の単話をご覧下さい。




