夜の都、愛の都
門の前で出迎えたのはゲノム達のお母さん、ゴル姉だった。
隆起する筋肉に、見るものを竦ませる眼孔、身に纏うエプロンドレスとバッチリメイク。
「ゴル姉なのです!」
「なんでゴル姉がここに?」
「え、ちょっと待って。僕、母親とここに入るの······?」
困惑し立ち止まるゲノムを他所に、二人は嬉しそうにゴル姉に向かって走り出す。
「あらあら、うふふ。長旅お疲れ様。疲れたでしょう? ここには温泉もあるから、ゆっくりして行ってね」
「温泉! 私は温泉大好きなのですよ!」
「私も好き」
「あー、そう言えばゴル姉よくダストダスに来るって言ってたね」
大きな体に抱きつく二人を片腕で抱き留め、軽く持ち上げるゴル姉。
ゆっくりと歩み寄るゲノムが一人納得する。
「あら? ゲノムちゃんお疲れね。もうっ、二人ともゲノムちゃんに無理言って、一緒に寝たりしたんでしょう!? 駄目よ? いざと言う時はゲノムちゃんが頼りなんだから、ね?」
ゴル姉の鋭い突っ込みにシロとゲヘナが腕の中で驚く。
「な、何で分かったのですか!?」
「ゴル姉は実は人の心を読める魔術か使える······?」
「そんな訳ないでしょう? 三人の様子を見れば分かるわよ。普段よりお肌がツヤツヤの二人と、薄らと隈が見えて少し猫背なゲノムちゃんを見れば、ね」
「「「ゴル姉······っ」」」
バチンとウインクを決めたゴル姉に、ヒシッと抱きつく三人。
「う、美しい······」
「ええ、お姉様······」
「あの肉体、鬼人族でしょうか······? 何とも凄まじまい御仁ですね······」
「あらジーク、あの美しい肉体美が分からないなんて、精進が足りないのではなくて?」
「いいえ、お姉様。私はあの家族愛に感動したのですわ。種族が三種いるにも関わらず、あの抱擁には確かな絆を感じるわ」
「そ、そうですか。これは失礼を」
「あら? あなた達は?」
ゴル姉はうっとりと眺めるラピスとミザリー、反応に困るジークに気づき、声を掛ける。
「申し遅れました。お嬢様方はバイトダインの貴族であらせられるーー」
初めにジークが二人を紹介すべく口上を述べるが、途中で二人のお嬢様は一歩前へ出る。
そしてドレスの端を摘み、頭を下げた。
「ラピス=ラブリーフィンですわ。美しい奥様」
「妹のミザリー=ラブリーフィンですわ。麗しい奥様」
「私はお嬢様方の執事をしておりますジークと申します」
「「よろしくお願い致しますわ」」
最後に二人揃って挨拶をする。同時にジークも胸に手を当て深く礼をした。
「あら、ご丁寧にありがとう。私はゴルゴンディアよ。気軽にゴル姉と呼んでね」
貴族にする挨拶とは思えない茶目っ気を感じる名乗りに、ジークは少し顔を顰める。
だがそれはすぐ改める事になる。
ゴル姉は表情を改め、二人に習ってスカートの端を持ち上げ、礼をする。
「遠路遥々ご苦労様でした。美しい薔薇が咲き誇るバイトダイン程では無いかもしれませんが、こちらの都でも違った美しさを御覧になれるかと存じます。どうか御満足行くまで御滞在を」
その精錬された動作にゲノム以外の一同は感嘆の息を漏らす。
「ゴル姉綺麗なのです」
「凄く、憧れる」
「肉体だけでなく、動きまで······」
「なんとまあ、私達の国に欲しいですわ」
「私とした事が。先の態度、大変失礼致しました」
「まあ、ゴル姉だからね」
「さて、いつまでもここで立ち話も何だから、街に入りましょう。バイトダインの皆様も、ごゆっくりなさってね」
そうしてゲノム達とバイトダインの一行は愛の都と噂される街に入るのだった。
☆
「「「「姉御、御苦労様です」」」」
旧ダストダスに入ると、一行はスーツを着た男達に出迎えられた。
派手な色の髪とシャツに、白か黒のジャケットを羽織っている。彼らが少し動くだけで身に付けた装飾品がチャラチャラと音を鳴らす。
ピッタリと道に並び、揃って腰を曲げる一同に、ゲノム含め全員目を点にする。
「ゴル姉、姉御って?」
恐る恐るゲヘナが問う。
「この街の代表と仲良くしてたら、いつの間にかそう言われる様になっちゃったのよ。この辺りは下っ端しか居ないから私を見るとこうなっちゃうの。············ねえ、そこのあなた」
ゲヘナに答えつつ、ゴル姉は並ぶ中で最も高そうなスーツを着た男に手招きする。
「はい。なんでしょう。姉御」
「私より、お客様を優先しなさいって言っているわよね? この出迎え邪魔だから、退けてちょうだい」
「はいっ! おいっ! 姉御の命令だ! 店に戻るぞ!」
「「「喜んで!」」」
ゴル姉の一言で一斉に建物の中に入る男たち。
先程までは男の影でよく見えなかったが、今ゲノム達がいるのは様々な酒場が並ぶ路地の様だ。
しかしその雰囲気はゲノム達が色々な国で見てきた酒場とは違い、客一人にそれぞれスーツの男が付いて接客している。客層のほぼ全てが豪華な服を着た女性だ。
ネオンやガラスが至る所に散りばめられており、光が反射して眩しい。
街並みも、かつて荒くれ共が好き放題していた影はなく、ゴミひとつ落ちてないどころか、石畳に絨毯が敷いてある。ふかふかだ。
「今は昼だからお客様が少なくて良かったわ。今いらっしゃるのも常連の方ばかりだし」
彼女はそう言うが、昼にも関わらずそれなりの人が店に入っていた。
「お客様は殆どが貴族の方よ。嬉しいことに、何度も足蹴なく通う方達がいてね······って皆どうしたの? 私だけ話してるじゃない」
「い、いや、驚き過ぎて······」
ゲノムが辛うじて答えるが、シロとゲヘナは独特の雰囲気が苦手なのか、ずっと震えながらゲノムにしがみ付いている。
ラピスとミザリーは最初こそ気圧されたが、今は辺りを感心しながら伺いゲノム達に付いて来ている。ジークはそんな二人の一歩後を静かに歩く。
「確かに、他の国とは違って少し独特かしらね。この通りは女性のお客様専用の通りよ。入口から三つに街道が別れていて、男性用、女性用、家族用になってるの」
「え、じゃあ男性用に······」
「「駄目( なのです )」」
ゲノムは背中にくっつく二人に髪の毛と頬を引っ張られる。
「ふふ。ゲノムちゃんにはまだ少しだけ早いわ。それに、男性用はまだ完成してないの。従業員が足りなくてね······」
「なら僕ら家族用でいいんじゃないの?」
「そうね。でも、折角だからもっといい場所があるの。ーーバイトダインの皆様も、良かったら御一緒しません?」
「「是非お願いしますわ!」」
貴族のお嬢様方はシロ並に元気良く返事をした。




