執事は最強
執事行者の名前をギッツからジークへ変更しました。
馬車が止まると、執事服を着た男、ジークが馬車の扉を開いた。
男は三十手前位で整った顔の細身の男だ。背筋を伸ばし毅然としつつ、一歩引いた立ち振る舞いをしている。
うっすら目が赤いのは先程の話を聞いていたからだろう。
「お嬢様方。明日には目的地に到着致します。本日はこちらで野営を致しましょう」
ジークが言うと、貴族の二人、ラピスとミザリーがジークに手を取られながら馬車を降りる。
「ジーク、この三人は私達の客人として見なしなさい」
「ええ、素敵なお話を聞かせて頂いたのだもの。当然よ」
「畏まりました」
二人がそう言うとジークは恭しく礼をし、ゲノムを含む三人が降りる時も手を差し伸べた。
違うのは、主人二人と違って手袋をしていた事だけだ。
「······あ、僕はいいよ。自分で降りる」
「そうですか。では、お気を付けて」
「うん。ごめんね」
ゲノムだけは手を取らなかったが、シロとゲヘナはジークの手を取り馬車を降りる。
初めてのお嬢様気分でとても満足気だ。
「ゲノム、警戒しすぎ」
「そうですよ。三人からは変な感じはしないのです」
手を取らなかったゲノムに二人が告げるが、ゲノムはジークの方を見つつ答える。
「いや、何となく嫌だった。多分、あの執事かなり強いよ」
「ん? でも血の匂いはしないのですよ?」
「手袋してて分かりにくいけど、かなり分厚い手だった。剣だこは無いから剣士では無いと思うけど······」
「ゲノムゲノム」
真面目な顔をして考察しているゲノムに、ゲヘナが脇をつついた。
「執事の手が分厚いのは当たり前。強い洗剤とか使うからそうなる」
「え? あ、そうなんだ」
「でも強いのは当たってる。でないと護衛を付けないでここまで来ない」
「だ、だよね!」
宛が外れそうになったゲノムは、強くゲヘナの言葉に乗った。
「と言うか、気になるなら聞いてみればいいのです! コソコソするのはいけないのですよ」
「シロ、僕にそれを言っちゃ何も出来ないよ······」
落ち込むゲノムを尻目にシロは、ラピスとミザリーの元へ歩み寄る。
ジークは離れた位置で、いつの間にか準備を終えていた石の囲いで火を焚いている。
「ミザリー、ラピス。ジークは強いのですか?」
「シロ殿。お嬢様方を呼び捨ては御遠慮下さい」
「うひゃぁ」
先程まで火の傍にいたジークが背後に立っていて、シロが飛び上がる。
遠くで見ていたゲノムとゲヘナも驚いている。
「ジーク、揶揄うのはお止めなさい」
「それに、いいのよ。私達はもう友人ですから」
「は。これは失礼を」
ジークは一例をすると、瞬きの間に火の番へ戻っていた。
「転移魔術?」
ゲヘナもシロに次いで二人の元へ向かい、質問をする。
その後にゲノムも付いて行く。
「いいえ。強化魔術よ」
「彼は南の出身の人間族なのよ」
「南って獣人族とエルフ族だけじゃないんだ?」
ゲノムの問いに、二人は口元に手を当てて笑う。
「ふふ。確かにその二種族が殆どですわね。でも、少なからず人間族も住んでいるわ」
「その中で魔術を使える者は数人しか居ないらしいわよ。ジークはその中の一人ですわね」
「はい。私はお嬢様方に救われた一人です。南では人間族の扱いは悪いですから」
「「「っ」」」
またもや急に現れたジークに、今度は身を竦めるだけに留めたゲノム達三人。お嬢様方は慣れているようで、全く反応しない。
「初めは南で売られましたが売れず、魔道国に渡り、西の地に流されました。そこでお嬢様方に買われたのです」
「まあ、買われたとは少し野蛮ないい方ですわね」
「は、失礼を。しかし、本当に感謝しておりますので」
「そこは心配していないわ。私達こそ感謝しているのよ。いつもありがとね」
「身に余るお言葉ありがとうございます。このジーク、より一層の努力をして参ります」
「駄目よ。努力は影でするからこそ美しいの。言葉にしなかくてもいつも見ているから、これからもお姉様と一緒に宜しくね」
「はい。生涯尽くして参ります」
二人のお嬢様と執事の会話は、信頼を感じ得るものだった。
それを見たゲノムはシロを見つめながら言った。
「シロ、僕らもこんな主従を目指そうね」
「絶っ対! 嫌なのですっ!!」
☆
「シロがへそを曲げてしまった······」
「ゲノムが悪い」
現在、ジークは夕飯の準備をしている。
料理に定評があるゲノムが手伝おうとした所「お客様にお手を煩わせる訳には参りません」と断られてしまった。
ならばとゲヘナが収納している食材を提供しようとしたゲノムだが、ゲヘナの魔術がバレる事を嫌ったゲヘナに断られた。
因みにシロは先程受けたストレスを解消に、獲物を狩りに出かけている。
残された二人は物凄い早さで食事の準備をするジークを何となく眺めていた。
お嬢様方二人は豪華な椅子に座りながら演劇の話で盛り上がっている。
「なんで食材をあげなかったの?」
「私が時空魔術を使える事がバレたら不味い」
「え? 別にいいんじゃない? 僕の魔術じゃあるまいし」
「絶対聞かれる。何故転移で移動しないのかと。聞かれたら面倒」
「あー······確かに」
ゲノムは質問攻めが面倒だからと解釈したが、実際は違う。
この時ゲヘナは問題なく魔術が使える状態であったが、ゲヘナはゲノムと眠れる機会を失ってしまう事を嫌ったのだった。
話し続けると、ゲノムに勘づかれてしまうのが不味いと考えたのだ。
すると、食材の準備が終えたのか、ジークが両手で一つずつ盆を持ち、二人の主人に差し出した。
「お嬢様方、もう暫くでお食事の御用意が終わります。ご就寝の準備は終えておりますので、こちらで御化粧を落とし下さい」
「あら、ありがとう」
「流石ジークね」
ジークが綺麗な装飾の施してある木製のお盆に入ったぬるま湯を二人に差し出し、ラピスとミザリーはそれを受け取る。
その光景を見てゲノムとゲヘナは小さな声で話し合う。
「······いつ準備したんだろ」
「そもそも、食材とか馬車のどこに積んでいたか謎」
「実は時空魔術が使えるとしか思えないんだけど······」
「多分、分身も使える。調理中、五人くらいに見えた」
「実体がある分、僕の魔術の上位互換じゃないか」
「それが本当なら、私の魔術も扱えて、シロ並の身体能力。私達を三人足した存在。ゴル姉の腕力が加わったら最強」
「ジーク、このお盆は素敵なデザインね」
「はい。持ち合わせが無かったので木をくり抜きました」
「それを二人分? 流石ジークね」
「ねえゲヘナ。木って簡単にくり貫ける物だっけ?」
「無理。ナイフを使っても大変」
「············」
「··················」
「「······最強」」
二人はゴクリと唾を飲み込んだ。
二人はストレスを発散しスッキリとしたシロが戻るまで、呆然としていたのだった。
私のミスでシロとゲヘナのビジュアルの記載を忘れておりました。
追記しましたが、こちらにも記載します。
シロ···適当に切り揃えられたボブショート。
身長は年相応。
ゲヘナ···肩甲骨辺りまでのセミロング。
角は耳の上から額に向かって捻れ、上を向く。
背は平均より低い。




