ペット+ペット
「うっはー、可愛いのです!」
「こないだのより小さい」
ゲノムが魔術を発動すると、目の前に銀色の狼が現れた。
サイズはグランリノで見せた時よりかなり小さく、小型犬程の大きさしかない。
器用に後ろ足で首元を掻き、気持ちよさそうにしている。
「僕の魔術だから大きさは自由に調整出来るよ。フェンリルって言うんだ」
抱えていた薪を放り出し、抱きつこうと飛び込むシロ。
だがその手はすり抜け、地面にスライディングしてしまった。
「んん? 変な感じだったのです。触った感覚はしたのにすり抜けました」
「幻術だからね。実体はないよ」
「でも、攻撃してた」
フェンリルを触りたそうに手をワキワキしていたゲヘナが言う。
「あれは攻撃した瞬間に、痛みと傷の幻覚を見せただけだよ。人は不思議なもので、たとえそれが幻覚でも自分の見た光景が実際に起こっている現実だと思い込むんだ」
「······攻撃されても、こちらからは攻撃が通らない。それって無敵なんじゃ」
「そうでも無いよ。僕本体を狙われたらおしまいだからね。一応保険は用意してあるけど、かなり集中力が必要だから避けながら発動は無理」
「ゲノムは私が守るのです!」
力を込めすぎなければ撫でられると学んだシロは、腹を見せて寝転ぶフェンリルを撫で回しながらゲノムに答える。
フェンリルは目を細めてされるがままだ。
「ありがとう。後は、発動にイメージの補助がいる。今シロが撫でてる感触は、僕がシロを触った感覚て補っているんだ」
「ゲノムは私を撫でている時はこんな感覚なのですか······何だかむず痒いですね······」
「············なら、他の人でも使えるの?」
「うん。長い付き合いの人なら出来るよ」
そこでゲノムははたと気づく。
この話の流れはマズいと。
「ゴル姉は?」
「······三面六臂の鬼神、阿修羅」
「マキナは?」
「癒しの天使、ラファエル」
「ユウは?」
「雷神タケミカヅチ」
「············私は?」
やはり来たと、ゲノムは背筋に汗をかく。
しかし答えるまで彼女は諦めないとゲノムは知っていた。
彼は渋々口を開く。
「············サキュバス」
「何故」
案の定、問い詰められるゲノム。
何とか誤魔化すべく考えを巡らせるが、残念ながら浮かばず視線を明後日の方へ逸らすだけしか出来なかった。
「··················いやあ」
「答える」
「············違うんだ」
「言う」
無表情で詰め寄る彼女の圧に、ゲノムは降参して正直に話してしまう。
「······本当は違うイメージだったんだ。でも、この間の件からどうしてもイメージが固まっちゃったんだよ!」
「っ!? あれは忘れると言った!」
顔を真っ赤にしながらゲノムを揺すぶるゲヘナ。だが残念ながら忘れるとは誰も言っていない。
「む、無理だって」
「じゃあ、変えて」
「それも無理だよ! イメージって中々簡単に変えられないんだ!」
「············見せて」
「え?」
「見せて。それが私のイメージなら、見せて」
「······分かった、分かった! だから揺すぶるのは止めて!」
ゲノムはシロに撫でられているフェンリルを消す。
二体同時に発動するのは負担が大きいからだ。
「あ、消えちゃったのです······」
シロの悲しそうな声が聞こえるが、無視して魔術を発動する。
魔力が渦巻き幻想色の光が放たれる。
その姿は次第に人の形を形作り、その姿が顕現する。
「ーーサキュバス」
現れたのは背中に蝙蝠の翼が生えた黒髪で片角の悪魔。
大きな胸に、くびれた腰、大事な所しか隠していない黒い服を着た、妖艶な大人の女性。
腰まで伸びた長い髪も相まって、ゲヘナが大人になればこうなるだろう、と言うゲノムのイメージが固まった姿だった。
「うわぁ、エロいのです······」
シロが何とも言えない声を漏らす。
だが対照的に、ゲヘナは現れた幻術を四方から眺めている。
そして大きく頷くとゲノムに向き合った。
「······うん。合格」
「え?」
思わず聞き返すゲノム。
「私も数年すれば、こうなる。ゲノムは良く分かってる」
「ゲヘナ、気持ち悪いのです······」
ニヤニヤと笑うゲヘナに、シロが引き気味に言う。
「シロは分かっていない。これが、ゲノムの私への印象。ふふ······。つまり、ゲノムのタイプそのもの」
「はっ! そうなのですか! ゲノム!?」
「い、いや、どうかな······」
ゲノムは良くなったゲヘナの機嫌が再び悪くならない様、苦笑するのに留めるのだった。
☆
「見張りは私がするのです!」
晩飯を食べ終わりゲノムが火の後始末をしていると、シロが勢いよく言い出した。
だがゲノムは首を振る。
「元気に立候補してくれたとこ悪いけど、いらないよ。周囲に『幻惑』の刻印を刻んでおいたからね」
「そうですか······」
耳を頭にくっつけながら落ち込むシロ。
幻惑は獣の唸り声や獣臭などで人を惑わせる幻術だ。
何も考えずに歩く人では無い限り、魔物や人はこの幻術が掛かっている場所には近づかない。
もちろんそれだけでは完全ではないが、ゲノムは更に森の木々や地面に刻印を刻み、方向感覚を狂わせるようにしていた。
「歩いている時の警戒は任せてるんだから、夜くらいは休んでよ」
「なら、ゲノムも一緒に寝るのです」
「いや、僕は別のテントで寝るよ。三人じゃ狭いし」
「でもゲヘナ、テントを一つしか出てないのです」
「あれ?」
ゲノムが見ると、晩飯時には二つあったテントが一つになっていた。
テントを仕舞った本人を見ると、胸を張りながら鼻で息を吐き宣言する。
「約束。添い寝一回」
彼女は、自分が恥をかいた時の約束の事を言っているらしい。
「シロも一緒に寝る。グランリノで大変な目にあったから、ご褒美」
「やったのです! ゲヘナ大好きなのです!」
「まあいいか。夜は寒いし」
そうして三人は狭いテントで眠ることにした。
ゲノムに抱きつきながら満足そうに眠る二人だが、ゲノムだけは胸や顎に刺さる角や、顔をくすぐる尻尾のせいで何度も目が覚めるのだった。
お気づきだろうか。
ゲノムの『幻獣』で獣は一体だけだということに······




