エピローグ・王城での出来事
グランリノ王城の謁見の間で、ゲノムはティア女王と謁見していた。傍らにはリッツが申し訳なさそうに佇んでいる。
「この度、我が国民を守る為に尽力して頂いた事、グランリノ女王ティア=リノ=グランリノとして心から感謝の意を示します」
「私からも、グランリノ王国騎士団長として敬意を持って礼を言う。ありがとう」
頭を下げる二人に対し、ゲノムは憮然とした態度だ。
「············気にしなくていいよ。僕、この国にもう来ないし」
「今回の事は報告が来ているわ。言い訳になるけれど、騎士団には丁重に接する様伝えていたの。銀狼族とは知らなかったけど」
「で、殿下! それでは!」
リッツの忠告に、ティア女王は慌てて口を塞ぐ。
自分が失礼な事を言ったことに気付いた様だ。
「っ!? あ、ああ、そうよね。ごめんなさい。······私含めて国民代表として謝罪を。本当にごめんなさい」
「本当に済まなかった」
「だからいいって。正直、僕はもう君達に興味が無い」
「「っ!!」」
ゲノムの容赦の無い言い分に二人は深く心に傷をつけた。
そんな様子に気づいていながら、ゲノムはさらに言葉を紡ぐ。
「前に言った通り、僕の魔道具は返してもらうよ。それと、ナンバーズの死体から発見された黒い本も。あれ、元々僕の妹のものなんだ」
「あ、ああ。直ぐに用意させよう」
「本はもう貰ったけどね。文句ある?」
「い、いえ、元々君たちの物だったと言うなら私達は関与しないわ。それがどんな危険な魔道具だったとしても」
「······だが、出来ればそれが他国に渡るような事はしないでくれ。図々しいと承知しているが、この国の騎士として忠告せずには居られないんだ。頼む」
深々と頭を下げる二人に、ゲノムは溜息を吐く。
「あのさ、なんかあの本を随分と警戒してるけど、あれただの魔道具だよ」
「······え、ええ。未来を見通す魔道具なんでしょう?」
ゲノムはティア女王の言葉に鼻を鳴らす。
「違うよ。あれはただ現実にある本をコピーする、ただの魔術写本だ」
「魔術、写本············?」
「表紙に書いてあったんだけど、読まなかった?」
「ゲノム、古代文字なんて読める人はそうそいいないよ」
「そう? 僕の村には読める人多いんだけど?」
「古代文字を······?」
信じられないと言わんばかりに目を見開くティア。
「話が進まないから戻すけど、あの本にコピーしてあるのは僕の家族のゲヘナが書いた、大陸の情勢を記した研究資料だよ。きっと彼らは書いてある通りに歴史が動くから、未来を見通すと勘違いしたみたいだけどね」
「でも、そんなの解析ですぐ分かる話よ。解析が出来ないから未知の魔道具って結論付けされたみたいだし」
「そりゃそうだよ。僕の幻術を刻印してるんだし。解析不可能にする為一定時間で刻印が出鱈目に見えるようにしてある」
「······刻印を改ざん······?」
「いいか? 今回の事は君達が半分、ナンバーズが半分悪いんだ。たかが噂を信じて過剰な反応をした君達。欲に従い一国を襲撃したナンバーズ。······僕にはどっちがいい悪いとは判断がつかない」
実際には、ナンバーズの目的はゲノム、自体を大きくしたのもゲノムなのだが、彼はその事を口にしない。
複雑な感情を顔に浮かべ、口を開く事が出来ない二人を見ると、彼は踵を返す。
「シロの傷が完全に治るまでここにいるけどさ、謝罪に来たりしないでね。医者もいらない。態々部屋に来たりしないでね。······鬱陶しいから」
彼は早口で言うと、ゆっくりと出口へ歩き出す。
「············」
「ち、ちょっと待ってくれ! 確かに私達は君にとんでもない事をした。それも、二度も国を救ってくれた恩人に。許されない事だ。だが済まない! 私達にチャンスをくれないか!
私はこれで君達と別れるなんて、それは······」
「············じゃ、三つ条件がある。まず一つはーー」
そして彼は条件を呈示する。
経緯がどうであれ、彼は家族を傷つける者には容赦をしないのだら。
☆
「············本当に彼には申し訳ないわ。もう、どうやって償ったらいいか分からない」
ゲノムが出て行った謁見の間で、ティア女王は頭を抱えていた。
彼女の言葉に神妙に頷くリッツ。
「殿下、私もです。名誉を挽回どころか、泥を塗ってしまった。私は彼が出した条件を満たし、一刻も早く彼の家族を招待したいです」
「一つ、国民の差別を無くすること」
「二つ、楽しく見られるような観光地を作ること」
「三つ、僕を失望させないで、ね。少なくとも私達はまだ失望されてないみたい」
「······彼は同じですから。人に絶望しておいて、人に希望がある。絶望の差はかなりあると思いますが。彼が魔術で出した獣、あれからは凄まじい怒りを感じました」
リッツはその時の光景を思い出し、身震いする。
「貴方が彼を最初から気にしていたのは、似た何かを感じたからなのかもね。貴方や私にとっての希望は国民で、彼にとってはあの子達って違いはあるけど」
「············殿下、私はあの光景が忘れられません。私達の恩人に石を投げ罵倒を浴びせる国民を。それを止めず眺める私達騎士団。我先に止めに入ったあの場にいた冒険者達が、私にはとても輝いて見えました」
「············冒険者になるだなんて言わないでね」
心配になり、リッツの裾をつまみながら上目遣いで言う女王に、リッツは顔を赤くする。
「い、いえ。それは有り得ません。私は貴方に救われた時から殿下の傍で一生を捧げると誓いましたから」
「そう············あのね、私はもうすぐ親王国で始まる戴冠式から正式にこの国の王になるわ。そうすればきっと、どこかの国の王族と結婚させられる事になるわ」
「············そうですね。なら私は殿下から陛下と呼び名を変える必要がありますね。はは」
「············それ、嫌なの。あの人を思い出させるから。私が式典を終えた後、別な呼び名で言ってくれない?」
「それは、どう言う······?」
「名前で、読んで頂戴。この国の王として。············一生、私の傍にいるんでしょう?」
「は! え?」
「返事は?」
「は、はい!」
ゲノム「恩は売れる時に売らないと」




