シロの告白
そこには、鬼がいた。
短く揃えられた髪、隆起する筋肉、鋭く尖った八重歯。
今や個体数を多く減らしているが、特に東の帝国では重用されているという、鬼人族。
鬼がいるのは中央諸国魔術師連合の本拠地。
現れた侵入者に、残っていた魔連の上層部が迎え撃つ。
化粧をし、女物の服をきているが、その姿は正に。
「き、奇人族」
「あら、誰が奇人よ。失礼ね」
体をくねらせるその姿は奇人の鬼神だ。
「いいのよ。大丈夫。許してあげる。私はみんなのお母さんなんだから。優しく、慈悲深くなくちゃ、ね?」
バチンとウインクする男。
「き、鬼人族の男が何の用だ! ここは中央諸国魔術師連合の本部だぞ」
「そんな事は知っているわよ。だから来たの。おわかり?」
「な、何を言って」
「あなた達の上司が、うちの子供達にオイタをしたみたいなの。だから、お話をしにね」
「こちらに話す事は無い!」
叫ぶ男に、鬼人族の男は人差し指を口元に当てる。
「勘違いしないで。私は別にお説教をしに来た訳じゃないの。一つだけ、伝えに来ただけなのよ」
「ならばそれを言って直ぐに去れ!」
「せっかちね。じゃあ、言わせて貰うわ」
鬼人族の男は大きく息を吸い、筋肉を隆起させながら言う。
「てめぇの子供を傷つけられて、キレねぇ親なんて居ねぇんだよ!!!!!!」
男が取り出したのは二つの鉄の棒。
ゲノムがグランリノの地下牢で見て、リッツから貰った柵の一部。
硬化の魔術が刻印されており、さらに長い年月魔力を失わなかった棒である。
実はその棒は長い年月魔力を放ち、別の物質へ変化していた。ヒヒイロカネと言う、伝説の金属へ。
「死ねやゴラァ!!!!!!!!」
男の一振は、雷鳴の如く音を鳴らし、空気を置き去りにする。
「放て! 我々の魔術を!」
「研究を重ねて、研鑽を重ねた集大成を」
「············効かねえ。効かねえ。蚊かなんかかてめえらは」
「何で効かない。効果がない。傷つかないっ」
「ウチの子供達ならマシな攻撃するぞ。おぉ? ゲノムちゃんなら幻術で惑わして不意打ち。シロちゃんなら速度で翻弄して。ゲヘナちゃんなら、計算して避けられない魔術を使うわね。三人が協力すれば、逃げることすら諦めるわねえ!」
「聞いた事がある。雷鳴の音と引き換えに、奴が通った後は草木も生えない。帝国の二神像、鬼神、ゴルゴンディア」
「あら、懐かしい名前を知っているわね。だけど、違うわ。私はーー」
「ただのお母さんよ!!」
「ひっ··················っ!」
「主婦舐めんなゴラァ!!」
☆
「おはよ、シロ」
宿屋の一室で彼女は目覚めた。
「ふふっ······」
「どうしたのシロ? 急に笑ったりして」
目覚めて急に笑いだしたシロを見て、ゲノムは訝しげに思う。
今彼女の全身には包帯が巻かれている。火傷や打撲が酷く、決して軽傷ではない。
「いえ、なんでも無いのです。ただ、ゲノムが近くにいるなあって思っただけなのです」
「あ、匂いで?」
「······流石はゲノムなのです」
実際は違うのだが、シロは肯定する。
夢の事は内緒なのだ。
「大丈夫? 痛くない······訳ないか。ごめんね。今ゲヘナがマキナを呼んでるから、直ぐに来ると思う」
「大丈夫なのです。これくらい平気なのですよ」
「そっか。シロは強いね」
「はいっ!」
彼女の力の源はゲノムそのものだ。
彼が近くにいるのなら、シロはいつもの元気なシロでいられる。
「······あれから、どうなったのですか?」
「シロが気にすることじゃないよ」
「それでも、教えて欲しいのです。ゲノムが私を気遣ってくれるのは嬉しいのですが············少し、寂しいです」
「うん、じゃあーー」
ゲノムはシロに、自分が到着した後の話をし始めた。
「僕の魔術でナンバーズは············気絶。後で親王国に引き渡される予定になってる」
「気絶、ですか。······それって何人ですか?」
「四人だよ。一人は······」
ナンバーズの一人は瓦礫の中で、死んでいた。
瓦礫を片付けた騎士団によると、即死だった様だ。
「そうですか······」
「············シロは頑張ったよ」
顔を伏せ口を噤んでしまったシロを、ゲノムは励ます。
そして少し悩み、一つ気になった事を聞くことにした。
「············なんで、助けようとしたの?」
「······はい」
ゲノムはシロが人間族を嫌っているのを知っている。
住んでいた集落を襲ったのも、森でシロを追い詰めたのも人間族だ。
現に初めてゲノムがシロと出会った時は唸って威嚇していた。
「私、考えたのです。ゲノムと出会ってから長い間、ずっとずっと考えていました。ゲノムは少し違う気がしますが、ユウとマキナは人間族です。村のお爺さん達も。あの人達は私を初めて見た時から優しくしてくれました」
「そうだね」
ゲノムは相槌を打つ。
「この違いは何なのか、なんで優してくれるのかって考えました」
「うん」
「聞くと必ず皆言うのです。そんなの関係ない、と。種族なんて気にする意味がないと」
「······うん」
「きっと、銀狼族の評判はもう良くなりません。まだ短いですが、私は今まで生きてきて、それが良く分かりました」
「············」
「だったら気にする方が可笑しいのだと、考え直す事にしたのです」
「それがなんで助けた事に?」
「たった二日ですが、冒険者として過ごしました。ゲノムの魔術で姿を変えただけで、皆は普通に接してくれました」
「············?」
話の流れが良く分からず、ゲノムは首をかしげる。
「つまり、私がゲノムと一緒にいる限り、私は普通の女の子として過ごすことが出来るのです! 今回の件でそれがよく分かりました! 普通の人はピンチの人を見捨てたりしないのです!」
「······そっか」
ゲノムは思う。
普通の人は、危ない人を助けたりしない。むしろ見捨てて笑うのが人なのだと。影で笑い、偽善で助けたとしても必ず見返りを求めるのが人なのだと。
しかし目の前の少女はそれが普通だと言う。
ゲノムにはその言葉を否定することが出来なかった。
「ただいま」
「シロさん、お加減はどうですか?」
「あ、ゲヘナとマキナなのです」
しばらくシロとゲノムが談笑していると、ゲヘナがマキナを連れて転移してきた。
シロが元気なのを確認すると、マキナは笑顔を見せて魔術を発動した。
マキナは治癒魔法を扱うことが出来る。
治癒魔法は魔力によって傷口を治療する魔術だ。血は戻らないし病気を治すことは出来ないが、熟練すれば致命傷の傷でさえ治療することが出来る。
「ゲノム、ゴル姉がいなかったけど、知らない?」
治療中、ゲヘナが成り行きを見守っていたゲノムに問う。
転移で家に戻った際探したがいなかった様だ。
「ゴル姉は野暮用。すぐ戻るから安心して」
「心配してない。ゲノムじゃあるまいし」
「僕の方が心配ないと思うんだけど······」
「ゲノムが心配なのは別の意味。絶対録でもないことになる」
「耳が痛いよ············」
ゲヘナの容赦ない言い様に胸を痛めるゲノムだが、一つ思い出して懐から一冊の本を取り出した。
黒い表紙に古代文字が書かれた本だ。
「これ······」
「はい。瓦礫の下敷きになったナンバーズが持ってたんだ。あ、誓って中身は読んでないよ。よく考えると、女の子の日記を読むのって良くないと思うしさ」
「最初からそう思って。······でもありがとう」
日記を握りしめるゲヘナ。そこに治療を終えたシロがゲノムを呼ぶ。
「ゲノム」
「なに?」
ゲノムは直ぐにシロの元へ歩き、その手を握る。
「ーー大好きなのです」
「僕もだよ、シロ」
次で第一章完結になります。
閑話を間に入れたり、読みやすいように調整したりしています。




