世界から見た銀狼族
馬車が衝突した現場。そこには多くの野次馬が集まっていた。
その目には小さな少女を寄って集って殴り、蹴り、魔術を放つ卑劣な男たち······ではなく、痛めつけられる少女の方に注がれていた。
その瞳に浮かぶ感情は、戸惑い、嫌悪、侮蔑の悪感情。
彼らは口調にもその感情を乗せ、口々に言う。
辺りに話しているようでその声量は大きく、攻撃されつつ瓦礫を退かす彼女にも聞こえる様に言っていた。
「銀狼族が何でこんな場所にいるの?」
「銀狼族ってあれだろ? 過去に子供を人質に取って殺したって世界一賎しい獣人族」
「最悪だ。嫌なもん見ちまった······」
「早く殺してしまえ、そんな奴。虫と一緒じゃねえか!」
「でも、あの銀狼族何してるの? 何だか必死に瓦礫をどけているけど」
「知るか。おい、騎士団、何してんだ! あんなゴミ、この国に入れるな!」
「この事故もアイツの仕業だ! 俺、馬車をこっちに誘導してるのを見た!」
「なんだと! 銀狼族は所詮銀狼族じゃねえか!」
野次馬は次々とシロへ心無い罵声を浴びせる。
そのうち一人が石を投げると、連鎖するように呼応する。
罵声、石、罵声、石。
最後には投げかける言葉が見つからなくなったのか民衆は「死ね」「消えろ」「くたばれ」「存在するな」と悲痛な単語だけを叫ぶ様になった。
そこに野次馬をかき分けて四人の冒険者がやって来た。
シロから頼まれた魔物をギルドに渡し、騒ぎを聞きつけやって来たのだ。
「お、おい、通してくれ。······や、やっぱりシロちゃんだ!」
「ああ、色が変わっちまってるが、間違いねえ。······銀狼族だったのか」
「産まれが良くないって、そういう······」
「お、おい止めろ! 何石投げてんだ!!」
「銀狼族だぞ! 邪魔をするな!」
「んだと! あの子が何したってんだ!」
「ああ? お前銀狼族が何したか知らねえのか!? これだがら冒険者は!」
「ああ? 喧嘩売ってんのか!!」
「おい、やめろ! 喧嘩してる場合じゃねえだろ! 瓦礫の下に人がいる!」
「どけっ! ああ、くそ! 通れねえ!」
「は、早く助けないと!! おい! 騎士団! 何してる!」
慌てて駆けつけた冒険者が騎士団に詰め寄るが、騎士団の一人は戸惑い城壁を視線で示す。
「だ、駄目だ。見ろ、城壁が崩れそうだ。国民に被害が出てしまう」
「だからどうした!? 被害だったらシロちゃんもだろうが!?」
「し、しかし彼女は銀狼族の」
「だからどうしたって言ってんだよ!! てめっ。掴むな。こんな拘束!」
「静かにして」
騎士団に組まれ動けない冒険者に、騎士団に支えられながらやって来たゲヘナが声を掛ける。
「き、君は?」
「ゲヘナ。シロの家族」
「き、君がシロちゃんの······」
「貴方達、シロの知り合い?」
「あ、ああ。昨日からだが、一緒に冒険に出た。俺はあの子が何であんな事言われなきゃいけねえのか分からねえ······」
「これがあの子の宿命。でも、ありがとう」
冒険者の言葉にお礼を告げるゲヘナ。
「いいんだ。なあ、俺達に何か出来ることはねえか? 何でもする。もう見てらんねんだ。頼む!」
「なら、王城へ言って今見た事を話してきて。それから、街のどこかにいるゲノムを探して」
「あ、ああ! 分かった!」
「それからリッツ」
ゲヘナは騎士団の先頭に経ちながら呆然とするリッツに声を掛けた。
「あ、ああ。済まない。少し動揺していた。ギリギリ彼女を保護は出来たが、まさか我が国の民がこんな······」
「今はいい。私のローブからケータイ、金属の板が入っているからそれを耳に当てて。······そう、それ。そしてゲノムに話をしたいって念じる」
「こ、こうかい?」
リッツはゲヘナのローブからケータイを取り出して耳に当てる。
すると、ケータイの向こうから気の抜けた声が聞こえてきた。
『あれ、ゲヘナ? どうしたの? 何か街が騒がしいけど』
「ゲノム、私だ。リッツだ。今······」
『······何かあった?』
すぐさまゲノムの声色が変わる。
「ああ。君の家族のーー」
リッツが状況を説明しようとするが、途中でその声は隣からやって来た。
「ーー大丈夫。僕はここにいる。状況は、······よく分かった」
「ゲノム、ゲノム······シロが」
転移でやって来たゲノムに、ゲヘナが泣きながら抱きつく。
彼女は気丈に振舞ってはいたが、家族が傷つけられて苦しまない訳が無い。やって来たゲノムの姿を見て涙腺が決壊してしまった。
そんな彼女の頭を優しく撫でながら、彼は謝る。
「分かってる。ごめんね。僕が悪い。近くにいなくて、ごめん」
「うっ、くっ、ゲノム······」
泣きじゃくるゲヘナを胸に、ゲノムは魔力を放出する。
それは、この国の変革の時、国民が見た光。
空に撃ち込まれた幻想の輝きを持つ魔術の光。
だけどこの時の光は小さく、とても濃い色をしていた。
「後は、僕の仕事だ」




