迫り来る
グランリノ王城の執務室。
ティア女王は次々と重なる業務に追われていた。
彼女がクーデターで新王になってからまだ日が浅い。
さらに大量の貴族を粛清し、完全な人手不足。
彼女は今日まで殆ど眠ることなく過ごしていた。
クーデターの後片付け、貴族の雇用、戴冠式の日程調整。やる事は目白押しだ。
幸運だったのは、この国が他の国より比較的平和であったことか。
周辺は危険度が高い魔物はおらず、穏やかな平原。魔素によって狂わない安定した気候。
その為、西の属国であるグランリが大国から借受ける守護魔術の魔道具は、比較的効果の弱いもので済んでいる。払う税金も安い。
効果は単純で、魔物を寄せ付けない。本能的に避ける様になっている。
そこにやって来たゲノム達にもたらされた魔連ナンバーズ襲来の話。
正直彼女の頭は痛かった。
終わらない仕事に苛立ちが重なり、ギリと歯を食いしばる。
不機嫌にもなる。
そのせいでいつも隣で支えてくれるリッツがいないのだ。
「ふう。もうすぐ夕刻。一度帰ってくるはずよね。それまで頑張らないと」
しかし、彼女の希望は通らず、彼女の頭痛は増す。
扉を壊す勢いで騎士団が入ってきたのだ。
ただ事ではない様子に姿勢を正すティア女王。
入ってきた彼は見張りと彼女の護衛をする為、最低限王城に残っていた騎士団の一人だ。屋上で周囲の警戒をしていた人の一人。そんな彼が慌てて部屋に入るとなると、今のところ用事は一つしかない。彼女は立ち上がり叫ぶ。
「まさか、来たの?!」
「は! ナンバーズと思われる馬車が北からやって来ました! このままでは城壁に衝突します! おそらく数十分のうちに!」
「北!? なんで······囮? ーーいえ、考えている時間はないわ。騎士団に北周辺の住民を避難させなさい! 急いで!」
「そ、それは無理です!」
「なんで!? チッ······そうだったわね。」
彼女は焦りのあまり、数日前の事を忘れていた。
「騎士団はナンバーズを迎え撃つ為、我々以外全て東に集合しており時間がかかります! おそらく間に合いません!」
「······っ! それが奴らの作戦······。くそ、流石に狡猾の様ね······どうすれば」
「さらに、奴らの乗っている馬車は魔物の様です! 興奮しており、かなりの速さで向かってます!」
「興奮した魔物!? それならこの国の魔物避けの結界は効かない。それが城壁にぶつかったら国民に被害が出る!! 片っ端から人を掻き集めて、至急住民を避難させなさい! 私の護衛も要らないわ! 急いで!!」
「は、はっ!」
騎士団は駆け足で部屋を去る。
すると、入れ替わりで別の騎士団が入ってくる。
その騎士団は、先程の騎士団と一緒に見張り台で北を監視していた者だ。
三人一組で動かしているので、今監視は一人でしている事になる。
怒鳴ろうとしたティア女王だが、彼の報告で声が出なくなる。
「殿下! 騎士団が現場に到着しました!」
「え!? 早すぎる。どうして!?」
「遠目で見た限りですと、急に現れました!」
「転移魔術!? そんな珍しい魔術、一体誰が······」
とりあえず、騎士団が間に合ったなら僥倖だ。
それに、そこにはきっとリッツもいる。
彼が入れば国民に被害は出ないだろう。
魔術もそうだが、彼を慕っている国民は多い。
心配なのは、時間がない事だが。
報告してきた騎士団に持ち場に戻る様に伝え、今城に騎士団は貴方一人になるから、報告があれば逐一ダッシュで来るようにと厳命を与えて退室させた。
涙声で返事をする騎士団とすれ違うように、また別の騎士団が入ってくる。
もうどこの誰か確認せず、彼女は叫ぶ。
「今度は何!?」
彼女は少し苛立っていた。
「北から迫る馬車を止めようとしている者がいます!」
「え? だ、誰!?」
「おそらく、最近冒険者の中で有名な、獣人族のシロと言う者です!」
「シロって、確かゲノムさんの············あの人達はどこまでこの国に。いい? 絶対に死なせては駄目よ! もし彼女に何かあったらこの国の恥だと思いなさい!」
「はっ!」
今から言ったとして間に合うわけが無い。
だが、ここまでこの国の事を考えてくれているゲノム達の事を考え、命令を出さずには出来なかったのだ。
「まさか、騎士団の転移も彼らが······?」
ゲノムさんの家族にもう一人、悪魔族の少女がいるとリッツから聞いていた。
悪魔族は希少な魔術を扱うと言う。ならば転移魔術を使えてもおかしくは無い。
女王は考えるが、次々と息を切らせながら訪れる騎士団のせいで思考が途切れてしまう。
「捻角の悪魔族と············銀狼族ね」
彼女は未だ会ったことの無い二人の運命を呪いながら窓の外を見る。
太陽は傾き日が赤くなる。
☆
ゲヘナは沢山の騎士団を転移させ、疲労の絶頂だった。
初めて大勢転移させた為、演算がうまく出来ず、城門の向こう側に移動し馬車を迎え撃つつもりだったが、少しズレてしまい来たのは城門の内側。
彼女は攻撃魔術も扱えるが、あれば転移より多くの魔力を使うため使えない。移動もままならない。
手足も体も少しも動けず、内臓まで影響が出ているのか呼吸が苦しい。
「はあっ、ぁくっ、はあ、はあっ······」
「ゲヘナ殿、大丈夫かい? 息切れが激しく。汗も······」
「ごめん。立つの無理。肩貸して」
転移魔術の弊害で呼吸すら出来なくなった彼女は、心配で様子を見に来たリッツから肩を貸してもらい、何とか立ち上がる。身長差がありすぎるので、リッツがかなり中腰になってしまったが。
「······あの、私が抱えた方が早いのでは?」
「駄目」
「は、はあ······」
「それより、状況を教えて。貴方がここにいるなら、避難、大体終わった?」
城壁の内側に移動した騎士団はリッツの指示により、住民の避難を誘導していた。
「ああ。粗方住民の避難は完了した。······逃げなかった者も数人いるがね、ゲヘナ殿が心配する事ではないよ。私達が不甲斐ないだけだ」
逃げなかった者は野次馬だ。彼らは既に城門の外で成り行きを観察している。苦々しく口にするリッツが心境を物語っていた。
「報告します! 迫り来る馬車を視認出来ました! ですが」
「どうした!?」
「獣人族の冒険者が馬車を止めようと必死に併走しています。馬の手網を切ろうとしているようですが、何故か妨害さられている様で······このままでは間に合いません! 衝突します!」
「なんだって!?」
「っ!? 獣人族、冒険者、きっとシロ」
「なに、本当か!?」
「リッツ、城門まで行ってシロを魔術で保護して! ぶつかったら大怪我する! 急いで!」
「ああ! 了解した」
彼女はリッツの魔術を先程確認し、性質を理解していた。
彼の結界魔術は言わば小さい範囲で硬い壁を作る魔術だ。壁の硬度は自由で柔らかいものから硬いもの、魔術を投下するものしないものなど、形も自由自在だ。
シロに柔らかい結界を纏わせれば何とか命は助かる。
「それから貴方! 私を城門まで連れて行って!」
「は、はい」
リッツから別の騎士団に肩を貸してもらい、彼女は少しずつ歩いて城壁に向かった。




