彼だけは蚊帳の外
シロは、今日も走り回っていた。
「ま、待つのです!」
晴れてランクが上がり、銀ランクの冒険者となったシロは単独で討伐任務に参加出来る様になっていた。
冒険者のランクは錫から始まり、銅の初心者、銀で一人前とされている。
その上には金、ミスリル、オリハルコンと続くのだが、これはまた別の話である。
持ち前の速さで数日で多くの魔物を狩り尽くし、狩る魔物は凶暴なものばかり。
野宿ばかりだった昔の経験もあり、解体も早く正確。
彼女はたった一日で類を見ない程のスピード昇格を果たしたのだ。
冒険者に女性は少ないことや、ギルドでは彼女の偉業を声高に説明する冒険者のサポートもあり、グランリノの冒険者ではシロを知らない者はいなくなっていた。
そんな彼女は現在、獲物を探してグランリノの北へ単独でいた。西の森には彼女の獲物は居なくなってしまったのだ。
追っているのは豹の魔物。
食べるところは無いが、牙や毛皮が高く売れる。シロは特にお金には興味は無いが、稀にお腹を空かせた個体が近くの人を襲うことがあるらしいのだ。
それを聞いたシロは即答。
「悪者は倒さなくてはならないのです」
と討伐に出たのであった。
日記探しにゲヘナをサポートすると言う目的をすっかり忘れて冒険者稼業を満喫していた。
「くう。本来ならこの程度追いつけるのですが、チラチラとゲヘナの視線が気になるのです」
今ゲヘナは城壁の上で東方向を見ていた。
魔物を追いかける拍子に北東の方角に来ていたからだ。
「ーーっと、捕まえたのです」
数分の追いかけっこの末、彼女はようやく魔物を捕まえる。
瞬時に足に取り付けてあったナイフで頸動脈を切り、絶命させた。
「はあ、はあ、シロちゃん、早すぎだぜ」
「お、俺たち追いかけたの途中からだってのに······」
「はあ、はあ、うえっ」
「さ、流石シロちゃん」
「あれ、皆も来ていたのですか? ······そういえば私、皆の名前を知らないのです」
「あ、ああ。俺はジン」
「俺はライキ」
「俺はノン」
「最後の俺は、フレイムバードJr」
「「「「パーティ名は迅雷のフレイムバードだ」」」」
「おぉー、かっこいいのです」
決めポーズをする三人にパチパチパチと、拍手をするシロ。
「な、なあ、やっぱりこのポーズ止めね?」
「何で? かっこいいじゃん」
「だよな。シロちゃんもそう言ってるし」
「い、いや、パーティ名は超絶格好いいんだけど、ポーズがさ。何か、邪神教徒みたいじゃん?」
「「「··················」」」
心当たりがあるのか、考え始める四人。
「え? 邪神教徒はそんな感じなのですか? 私の知り合いにも邪神教徒がいますが、普通ですよ?」
「え、シロちゃん邪神教徒に知り合いがいるのか!?」
「す、すげえ。神聖国から手配されてても誰一人捕まらない闇の集団なのに」
「深淵に潜み、常に世界を監視する組織。非公開になったけど演劇にもなるほど人気なんだぜ!」
「今度会ったらサイン貰ってきてくれよ。フレイムバードJrさんへって!」
「は、はい、なのです。多分断られると思いますが············?」
四人の希薄に一歩後ずさったシロだったが、何かの気配を感じて北の方角を見る。
「すみませんが、この魔物をギルドに持って行って欲しいのです。············なにか来ますっ!」
「あ、ああ。分かった」
「流石本物と会った事がある人は凄いな」
「ああ。気迫が違う」
「俺、言ってみたいセリフの一つ」
「早く行くのですっ! ここは私に任せるのですっ!」
シロの叫び声にただ事では無いと悟った冒険者は、豹の魔物を担ぎ、その場を去る。
因みに最後にシロが言ったセリフも、フレイムバードJrが言ってみたい言葉の一つだった。
☆
ゲノムは串焼きの店主と向かい合っていた。
確信を込めて告げるゲノムに、店主は狼狽える。
「な、何故私が悪名高い邪神教徒だと?」
「さっき僕が姿を変えた時、驚かなかったよね?」
「い、いやそれは、ゲノムさんの魔術は有名なんで······」
「じゃなくても、ここで屋台なんかやってる方がおかしい。観光地じゃないのに、客が来るとは思えないもん」
「はは、私は道楽でやっているだけで······」
「······へえ、まだシラを切るんだ。なら、これならどう?」
ゲノムは金属の板を取り出す。
「そ、それは············っ!」
「そう。ケータイだ。これには邪神教徒と連絡が出来る力が備わっている。今すぐ君と話したいと念じれば······どうなるか分かるよね······?」
「············」
「··················」
しばし睨み合う二人。次第に串焼きの店主は高らかに笑い出す。
「ふ、ふふふ、ハーッハッハ! 良くぞ見破ったな賢者よ。そう、我こそが! 漆黒の串使い、闇の薔薇棘! さては貴様、初めてではないな······?」
「うん。はい、スタンプカード」
「ほう、既に三つも······あと二つで我が邪神教団の本拠地への招待状が届くであろう」
「やったね!」
「ふ、しかし肝に銘じておけ。我らの招待を明かす事があれば······」
「分かってる。天地を脅かす災害に見舞われるだろう。でしょ?」
「分かっているならいい。ではな」
そうして邪神教徒の串焼き屋さんは、丁寧に器具を片付けると、屋台を引っ張って去っていった。
因みにだが、最後の言葉に特に意味は無い。
「ん? なんか街が騒がしい気が······?」
☆
「先生! そろそろ奴らは現れるでしょうか!?」
「先生! 教えてもらった通り、出来ていますでしょうか!?」
「先生! とても可愛らしいです!」
次々と浴びせられる「先生」の声に、ゲヘナはうんざりしていた。
「止めて。先生じゃない。鬱陶しい」
「まあ、そう言わないで欲しい。初めての魔術で皆浮き足立っているんだ。それに、騎士団は男性が多い。君のような子がいるんだ。少々羽目を外してしまうのはしょうがないさ」
「······むぅ」
「ともあれ、これで戦力を強化できた。魔術を発現できなかった者も、発現出来た騎士団と触れ合う事で対策もしやすくなるだろう。本当に感謝する」
「いい。さっきも言ったけど、暇だったから」
「はは、そういう事にしておくよ。さてお前達、遊んでいないで作業を再開だ。奴らはいつ来てもおかしくは無いんだ。どんな手段を使ってくるか分からない。気を抜くな」
「「「「はっ」」」」
「どんな手段も······確かに」
奴らは狡猾だ。日記を奪われた時もそうだった。
奴らは構成員を良く行商人に化けさせる。
ゲヘナは当時そんな事を知らず、シロと共にある小さな街を訪れていた。その時はまだゲノムのローブは持っていなかったので、二人揃ってフードを深く被ったお化け然とした格好で。念の為シロの毛は特殊な塗料で染めていたが。
危険は承知だったが、二人には大切な指名があったのだ。
ゲノムの誕生日プレゼントを買わなくてはいけないという、大切な。
二人で頭を捻りながらプレゼントを探していた時、その行商人に出会った。
持ち合わせが足りないゲヘナが出したのは、試作品の本の魔道具。勿論売るつもりは無かったが、それを見た行商人は目の色を変えて、ゲヘナを騙し、本を手に入れたのだ。
「奴らは卑怯卑劣。手段を選ばない」
そこで先程のユウとの会話が頭をよぎる。
「まさか、囮? 暴走? 馬車を城壁にぶつけて、侵入?」
馬車には人が乗っていたと聞いているが、奴らはそんな事気にしない。本を騙され奪われた恨みから、ゲヘナの脳内では魔連の人間は神風特攻も辞さない者となっていた。
彼女は再び城壁の上に転移し、北を見て目に魔術を灯す。
「これで二度目。『千里眼』」
彼女はの魔術、千里眼は遠くを見渡せる代わりに遮蔽物があれば途切れてしまう。転移ほどでは無いが、体力消耗のデメリットも健在だ。
「············土煙?······シロ!?」
彼女の視界には、北の城壁から100km地点で大きな土煙がこちらに迫ってきている状況と、それを追いかけ走るシロが見えた。
土煙を良く見ると、そこには暴走する馬の魔物と、それに引かれるボロボロでいつ壊れてもおかしくない馬車。そしてそれに乗る五人の男達。
それは誰か直ぐに分かった。
暴走する馬の魔物の背中には手書きで『ナンバーズ御一行の大切な馬』と書かれた布が掛けられていたのだ。
五人の男達は、必死にしがみついたり、魔術を絶えず使って襲い掛かる風を相殺していたり、馬を必死に宥めたりと様々だ。
「······狂気。正気の沙汰じゃない」
ゲヘナは直ぐに身を乗り出し大声で騎士団に声を掛ける。
「き、北! 北に来ている!」
それを聞いたリッツが驚き、指示を出す。
この短い間の付き合いだが、彼女の言葉を疑う者はここには居ない。
「な、なんだとっ!? 聞いたか! 総員、北に移動だ!」
だが、馬車は物凄いスピードで迫って来ている。
グランリノは円形の国だ。ここから周り込めば今から最短でも三十分はかかる。街を突っ切ればさらに。
馬の速度から到着した所でその時には既に衝突している。
辿り着いた所で何が出来るのだろうか。
「駄目。間に合わない。私が送る」
彼女は渾身の力で転移魔術を使用する。
現れる巨大な黒い渦。
一人でも多くの疲労感を与える転移魔術。
騎士団全員を転移させた時、どれ程の反動が来るか。
それは彼女自身も知らない。
他の皆がシリアスに突入しかけてるのに一人ミニイベントをこなすゲノムさん(`-д-;)




