ユウの日常
1話目の前にダストダス編を差込み投稿しました。
ダストダスでゲノムが好き勝手する単話です。
読んでいただければ、よりこの作品が分かるようになっています。
「ふん。奴らが居ないと静かでいい」
その日は珍しく、ユウは研究を止めて教会内でお茶をしていた。
さすがに白衣は来ておらず、普段下に着ている神父服が見えている。
向かいに座るのは教会唯一のシスター、マキナである。
大きな胸に、修道服を着た女性だ。
現在普段頭に付けたウィンプルを外している。
「マス、神父様は賑やかな方が好きなのでは?」
「馬鹿を言うな。それとマキナ、我の事をマスターと呼びそうになるその癖はどうにもならんのか?」
「それは目が覚めた私に、マスターと呼べと言った神父様が悪いのでしょう?」
少女の様にぷくっと頬を膨らますマキナに、ユウは破顔する。
「はっ。君はもう二十をとっくに過ぎているのに、その態度はどうかと思うぞ」
「もう、いつもそう言って。知りませんよ? 夕飯の食事にこっそり人参が紛れても」
「それでもマキナは美味しく作るのだろう?」
「あら? なら今日の夕飯は人参尽くしにしましょう」
「む。それは困る」
「ふふっ。知りません」
仏頂面で困り顔のユウに、朗らかに笑うマキナ。
この姿が普段の二人だった。
「時に、地下の娘たちの様子はどうだ?」
「············あまり芳しく無いですね。元々あった体の傷は完治に近いのですが、次々と自分で新しい傷をつけてしまって······。やはり、心の傷は時間がかかります。······ゲノムさんの魔道具で、回復はしているみたいですが」
教会の地下には、大勢の子供達が暮らしている。
その子供達は、とある国で奴隷だった者が多く、心に大きな傷を抱えていた。
地下にはゲノムの刻印が壁一面に刻まれていて、地下であるにも関わらず一つの楽園の様な光景になっている。彼らは潜在的に見たい光景を見ていた。
マキナはそんな子供達を甲斐甲斐しく世話をしていた。
傷の手当をしたり、食事の世話をしたり、糞尿の片付けまで、全て一人で。
時には襲いかかってくる者もいるが、塞ぎ込み動かない者が殆どである。
ユウがいつも作っている機器や薬品は、子供達の安全を守るもの、子供達の体を癒す物、そして、彼女の身を守る物、彼女を治すものが全てである。
偶にケータイの様な副産物が出来ることもあるが。
「君の存在もあの子達の癒しだ。それにゲノムが無理なら、世界中の魔術師でも無理だ。神聖国の治癒魔術師でもな」
「そうですか。ふふ」
「なんだ?」
急に笑いだしたマキナに、ユウは訝しげな目を向ける。
「いいえ。随分とゲノムさんを信頼していると思いまして」
「まあな。長い付き合いだからな。······奴は性格こそ破綻しているが、魔術の腕だけは確かだ。だからこそ我は奴を呼ぶ時、敬意を込め貴殿と呼んでいる」
「性格ですか?······言うほどゲノムさんは性格が悪いでしょうか? 確かに色々と容赦がない所はありますが」
マキナから見るゲノムの姿は、偶に幻術で無茶をする、家族思いの年下の男性だ。どちらかと言うなら、性格がいい。
「············奴は、奴の性格は、心は、壊れている」
「いえ、でも私は」
「君がそれを分からないなら、君はまだこの世界を知らないと言うことだ。それは、とてもいい事だ」
「······そう言えば、昔ゲノムさんと神父様は一緒に旅をしていたんでしたっけ?」
「············珍しいな。君は昔の事を聞きたがらないのに」
ユウが言う通り、彼女が昔の事を聞くのは初めての事。ユウもそれを感じ、あえて話を降らなかった。
「············ええ。私も少しづつ進まなくては、と。ゲノムさんと出会った、ゲヘナちゃんやシロちゃんの様に」
「ふん。ゴル姉の事を忘れているぞ」
「あら、忘れてませんよ。彼女は強いですから。······ところで、何故神父様はゴル姉様の事をあだ名で呼ぶんですか? 普段ならゴルゴンディアと呼びそうなのに」
「いや、大したことは無い。前にゴルゴンディアと呼んだ時酷い目に合っただけだ············脱線してしまったな。ゲノムとの旅の話だったか」
「あら、誤魔化しましたね?」
見破られたユウは鼻で笑う。
「ふん。············そうだな。我とゲノム、そして」
「マキナ、ですよね? 私と同じ名前の」
「ああ。我達が出会ったのは北の大国のーー」
そしてユウは語る。
黒雷の英雄と呼ばれる一人の神官、ユーカリスの物語を。そして彼と共に居た少女と、幻術師の少年の物語を。
☆
「へくしっ」
ゲノムは街中で大きなクシャミをした。
「ふふ。皆僕の噂ばかりの様だ······」
彼は今日も街中をふらついていた。
それもそうである。彼はこの国で特にすることが無いのだ。
有り体に言えば無職である。
この国では子供と主婦以外に無職というのは有り得ない。
勤勉な国民性もあるが、生きるのには当然お金がいるし、お金を稼ぐには働かなくてはならない。
もしこの国に産まれたならば、商人の息子は商人に。農家の息子は農家に。兄弟がいれば騎士団に、女性は十四で成人し結婚する。女性はこの国では少ないので嫁ぎ先には困らない。騎士団に落ちたもの、結婚したくない者は冒険者になる。
その為、日中何もしない彼の姿は、かなり浮いていた。
この国の住民では無いことや、クーデターでの評判もあり、冷めた視線は向けられないが、興味の視線は向けられる。
「働けよ」では無く、「何してるんだろう?」といった感じで。とある屋台の店主に限っては「来ないでくれ」だが。
「そう言えば、ここって観光名所とかないよね。なんで?」
願いが通じず、屋台の店主はゲノムに捕まってしまった。
「いや、観光する場所があったら、この国はもっと大きくなってますよ」
「え? じゃあなんでこの国に住んでるの?」
自分は辺境の森に住んでいるにも関わらず、酷い言い草だ。
「なんと言っても安全性でしょう。大国から守護の魔道具を借り受けてますからね。それに、辺りには魔物が少なく、大自然が広がってます。その資源を旅の商人に売ってこの国は潤っているんですよ。逆を言えば、行商人と冒険者くらいしか外の人間は来ないわけで······」
「へぇー······」
「あれ、興味あります?」
「いや、別に」
「ところで、何か買われますか?」
「タダ?」
「いやあ、タダと言う訳には」
「じゃ、いらない」
「あ、そうですか······」
「あ、あ、あ、貴方は!?」
「ん?」
突如背後からかかるスタッカート。
そこには一人の少年が立っていた。
気弱そうな顔立ちに、興奮の表情を浮かべた、耳のとがった男の子である。
「間違っていたらすいません。幻術師、ゲノムさんでは!?」
「あ、人違いです」
ゲノムは瞬時に幻術で姿を変えた。
ローブの魔道具を使っての方法ではなく、彼自身の魔術で。
彼は黒いローブを好んで使っているが、ほとんどの場合使わない。彼は何となく家族とのお揃いが好きで着ているだけなのだ。
急に現れた少年に、屋台の店主も驚いて見ている。
「······あれ? あ、本当だ。おかしいな、確かにそうだと思ったんだけど······」
「まあ、よくある事だよ。それで、君は?」
「あ、すいません。僕は少し、ある人を探して旅をしてまして。············あれ? そのローブ、魔道具では?」
「え? 良く分かったね」
「はい。解析には自信があるんですよ。······でも、それは······理論が分からないな······。なんて複雑で緻密な刻印。しかも破綻してない。······まさかっ! 噂の宝具と言う物では!?」
「··················そうだよ」
嘘である。
「やっぱり! ああ、すいません! 人の物をジロジロ見るなんて、失礼でしたよね。では、また」
「あ、ちょっと待って」
踵を返しかけた少年を、ゲノムは引き止める。
「はい?」
「一応聞くけどさ、魔連って知ってる?」
「··················なぜそんな事を?」
胡乱な目を向けた少年に、ゲノムは情報を聞くことを諦めた。
きっとこの少年は魔連が追っているという、解析班の少年だろう。ならばナンバーズが迫って来ている今、特に急いで聞く必要は無いと判断したのだ。
だが、聞いてしまった事は翻えらない。ゲノムは彼の首に掛けてある石を指さし、取り繕う。
「いや、君も魔道具を持ってるからさ。一応伝えておいた方がいいと思って」
「え、よく気が付きましたね。これ、刻印はもう機能してないのに············ああ、この国はゲノムさんに。なるほど。御慧眼です」
「うん。彼らがこの国に向かってるみたいなんだ。多分、今日にでも」
「············あの年寄り共。············忠告ありがとうございます。では直ぐにこの国を発ちます。あ············では僕からも一つ」
「なに?」
少年はゲノムに近ずき、小さな声で耳打ちをする。
「貴方は違うので伝えますが、この国、洗脳されています。国民の額に刻印が刻まれていました。············この国の新王は中々非道な真似をしています。お気をつけください」
「··················分かった。ありがとう」
少年はぺこりと一礼すると、城門の方角へ去って行った。
「見える人から見ればそうなるのか············早く解いておかないと」
少年を見送ったあと、ゲノムは屋台の店主に振り返る
「ところでさあ」
「な、何ですかゲノムさん。まだ、何か?」
「君、邪神教徒だよね?」
☆
「······ーーそんな事があったんですか」
「ああ。奴と会った時はまだ小さくてな。事あれば馬鹿にする憎たらしい奴だった。魔術は便利だったから重宝していたが」
「ふふ。それは今も変わらないですね」
「奴は事もあろうか幻術で姿を変え、女湯に侵入したのだ。直ぐにバレて牢獄入りされたがな」
「あら、彼にも思春期があったのね。今はシロちゃんやゲヘナちゃんからあんなにアピールされても気にしないのに」
「やつにとっては家族だからだろう。それに、鈍いのはここにもいるからな······」
「神父様の事ですね」
「······それで、我とマキナは牢獄に捕まっている奴を救ったのだがーー」
「あ、すいません。いい所ですけど、あの子達の食事を支度しないと······」
「む? もうそんな時間か。君と話していると時間の進みが早い」
「私ではなくて、ゲノムさんの話をしていると、ですよね?」
「············ふん」
「あの、ちゃんと、ちゃんとしたら、その······」
「············なんだ?」
「············い、いえ、何でもありません。では、行ってきます」
「ああ。頑張れ」
「はい! ふふっ」
次話は17時過ぎに投稿します。
少々更新頻度が多目ですが、連休中に物語を動かしたかったので······。




