ちょっとしたエピローグ
「君には何とお礼を言っても言いきれない。本当にありがとう」
「いいよ、皆にも散々言われたし、報酬も貰ったからね」
夜はすっかり明け、時刻は早朝。
クーデター成功後、王都で開催された祝賀会で、ゲノムはすれ違う人々からのお礼ラッシュだった。
特に最後の最後にクーデターを知らされた、とある宿屋の店主からは、土下座までされていた。
現在、王城は立ち入り禁止になっている。死体は運び終わったが、至る所に血などが飛び散っていて、人が過ごせる環境では無いからだ。今日一日かけて国民総出で掃除をするらしい。
「しかし、あんな物で良かったのかい? 私としては助かるが」
「うん。これ以上貰うとバチが当たりそうだし」
ゲノムは大きな風呂敷を背負っていた。中身は兵士が身に付けていた鎧の装飾品。それと地下牢の鉄柵一本だ。リッツは申し訳無さそうだったが、ゲノムは実に満足そうだ。
「しかし、王女殿下は何処にいるのだろう。皆に聞いても妙な視線をくれるばかりで、教えてくれないんだ」
「えっ!?」
ゲノムはずっと無言で佇んでいた、リッツの隣に立つ少女を見る。胸に詰め物はやめたらしい。
少女は俯き顔を赤くしている。
「······マジで?」
ゲノムは信じられない者を見る目をする。この男は唯の一ギルド職員が、国民を束ね、クーデターに参加させたとでも思っているらしい。
城の構造を把握し、貴族の顔を覚え、指揮をしていた彼女を何だと思っているのだろうか。現に遅れて来たはずの騎士団も彼女の命令に最敬礼で応えていた。気付いていないのは彼くらいのものだ。
彼女も彼女で、言い出す時間はいくらでもあったはずだ。
まさか。と、ゲノムは考えが浮かび、彼女に耳打ちする。
「······自分の指揮を見て、まさか貴女は! みたいな展開がしたかったとか? でも気付いてくれなくて言い出せなかったと?」
「······」
図星のようだ。彼女の赤みが更に増す。
リッツは顔を赤くする彼女に向かい、腰を折る。
「君もありがとう。私は彼を見送った後、王女殿下を探さなくてはならない。お礼は殿下を見つけたら必ずすると約束しよう。では」
そして足を進めるリッツに、少女は手を伸ばす。
「ま、待ってくださいリッツ。その、伝えるタイミングが無く言いそびれて降りましたが、私はーー」
引き止めるギルド職員改め、ティア王女に、リッツは何かを思い出したかの様に振り返った。
「ところで、君は良く胸に詰め物をするとゲノムから聞いたが、そんなことはしなくて良いと思うよ。君みたいな体型が好きって人は必ずいるから」
「············ゲノムさん」
「はいっ」
「私の幻術を解いてください」
「畏まりました!」
殺気を全身から漂わせるギルドの受付嬢改めティア王女に、ゲノムはこくこくと頷く事しか出来なかった。
何もわからず爽やかな笑顔のリッツが自身の無礼に気付くまで、あと数秒。
☆
「まさか、王女殿下だったとは」
「あれで気づかない方がどうかと思うよ。許してくれたんだしいいじゃん」
王都と街道の境目、白く大きな城壁の前に二人はいた。
城門の前はクーデターがつい昨夜の事にも関わらず、活気立っていた。商品を運ぶ馬車の音。客を呼込む屋台の声や腹痛を訴え薬を求める声、冒険者の荒々しい足音など、騒がしい。
「この国は、変な国だね」
「はは。確かに」
城門を出て、しばらく道なりに進む。
「本当に、ここでいいのかい?」
「うん。多分、家族が迎えに来ると思うから······」
すると、遠くの森がある方角から激しい足音が聞こえ、銀色の何かがゲノムの前で止まる。そして、そのまま抱きついた。
「やっと出てきたのです。ゲノムぅ」
「おお、シロ。よしよし」
現れたのは銀色の狼の獣人、シロだ。彼女は豪快に尻尾を振りながら、彼の体を舐め回す。
「ゲノム、ここみて、ここ。ぶつけた」
「はいはい」
次いで現れたのは、単角の黒髪の少女ゲヘナ。既に痛くも何ともない頭を指さし、ぐりぐりと彼に押し付けている。
「君の家族かい?」
リッツは和やかな笑みを浮かべ、ゲノムに問う。
「うん。あと二人いるけどね」
ゲノムは初めて見せる笑顔で答える。
「いい家族だ」
「うん」
「大切にね」
「そっちも」
そうして二人は別々に歩き出す。
きっと、また会えるのだから。
☆
帰り道、リッツは一人考える。
「······そういえば、彼の魔術は必ず触媒を使用していた。ならば、王女殿下に見せていた幻術には何が······」
そんな考えが頭を過ぎるが、急な頭痛に考えるのを止める。
今思い出すのはあれだけで十分だ。クーデターを成功させた時、窓辺から見えた美しい光。
月下に輝く幻想魔術を。
グランリノ編一時終了です。