【単話】闇夜に輝く幻想魔術~ダストダス編~
この話は番外編ですが、1話目として読んでも大丈夫な様になっています。
既に私の作品を読んでいる方は、より物語がわかり易くなるかと思います。
大陸の中心からやや西、ダストダスと呼ばれる国がある。
他に類を見ない、法律の無い国。裏を返せば全てが合法となる国。
そこは他国から追われる者の終着点。
犯罪組織や犯罪者、他の国では生きられない、異常な性質を持つものが集まる、世界一治安の悪い国である。
その国が最も力を入れている商売が、奴隷商売。
他国から攫った人間を、国を通して売っているのだ。
売られなかった奴隷は国内で消費される。
文字通り、消費である。
時には魔物を狩るための餌、性欲を満たす為、趣味。理由は様々だが、この国で奴隷は例外なく生きては行けない。
そんな国に一人の男が足を踏み入れる。
幻術と言う、人を惑わす魔術を使う、灰色の髪の男である。
黒いローブを身にまとった、どうしても腕が立つように見えない優男。名前はゲノムである。
そんか彼は、白髪頭の窶れた男に絡まれていた。
「どうか、娘を。娘を助けてください。あの子が奴隷になるのは耐えられない! 私が出来る事はなんでもする。だから、どうか、娘を············っ!」
「いや、僕は奴隷を買いに来たんだ。ユウ······知り合いに、まだ相手が見つからないのか。って言われちゃってさ。自分だってまだ結婚して無いのに。そしたら、我にはマキナがいる。って············聞いてる?」
「け、結婚相手に奴隷······? あ、相手ならば私の娘はどうだろうか! 娘かて恩人を無下には出来ない。どうか、どうか······」
「············その子って、可愛い?」
「あ、ああ。可愛いとも!」
「助けましょう!」
「この国では集めた者を国主が一人一人確認すると言います。刺客が紛れていないかを直々に確認するそうで。国主のね名前はストラス。東の帝国で敵なしと言われた魔槍使いです」
「いや、助けたら逃げるよ。当たり前じゃん。何で強い奴と戦う前提になってるの」
「え、いや、しかし······」
「大丈夫大丈夫。僕は逃げることに関しては無敵だから。じゃね」
「は? 消えた······? しかし、勢いで一番弱そうな人に声を掛けてしまったが、大丈夫だろうか。······あ、嫁にとは言ったが娘には既に夫が八人いるとも、孫がそろそろ産まれる年だとも伝え忘れてしまった······」
彼の娘は彼が十代で授かった子だ。ゲノムとは倍近く離れている。目の前の男が六十代であることを見れば分かりそうなものだが、他人にあまり興味を持たない彼は気づかなかった。
「私に出来ることは祈る事のみ。ああ、神よ······」
☆
「今日はたったこれだけか!」
「は、はい。最近周辺国家の警備が厳しく······」
「······チッ。なら標的の国をもっと広げるか。最初は甘い商売と思っていたが、国も馬鹿じゃないって事か。奴隷を買っているのも国の貴族共だってのに······っ! おい!」
「はいっ!」
ダストダスの国主館に、その男はいた。この国の主であり、奴隷商売の元締め、魔槍使いのストラスである。
彼は部下に命令すると、今日の収穫である奴隷達を並ばせた。
奴隷達には手足に長い鎖の付いた大きな鉄の枷が嵌められており、口には猿轡がしてある。しかしそれらは念の為である。首には拘束の効果がある首輪型の魔道具が付けてあり、命令無しでは自由に動けなくなっている。
ストラスは一人ずつ奴隷の報告を受ける。
「こいつは?」
「は。獣人族の子供です。齢は八。メスです」
資料を持った部下が答える。
「獣人族は高く売れる。だが油断して逃げられるなよ。しっかり調教しておけ!」
「んー。僕はロリコンじゃないし、流石にね。それにうちのシロの方が可愛い。次」
「············何か言ったか?」
「いえ、何も············?」
「こいつは?」
「は。人間族の男です。我々を襲ってきたところを返り討ちにしました。冒険者かと思われます」
「ほう。中々体つきがいい。希望するならこの国に徴兵しろ。断ったなら北の炭鉱奴隷で売るか、殺せ」
「えー、君、そんなのがいいの? いやウチにもゴル姉みたいな人もいるし、珍しくないのかな。今度紹介するね」
「··················」
「わ、私は何も言っておりません」
「············まあいい。次」
「は。人間族の女です。齢は四十二。聞く話によれば八人の夫と十人の子供がいるようです。中々反抗的で。貴族の様でーー」
「「次」」
「悪魔族の男です。齢は十二。しかし悪魔族には珍しく、一般的な炎の魔術しか扱えない様です」
「ふん。魔術師ってだけで希少だ。どこでも高く売れる」
「なんだ、ゲヘナの方が優秀じゃん。それに君、男の子もイケるんだ。守備範囲広いね」
「··················っ!!」
「わ、私はなにもっ······がっ」
ストラスは声がした方にいた部下を持っていた槍で殴った。
「もいいい! 地下に放り込んでおけ! 明日改めて聞くことにする!」
「は。わかりました!」
「じゃあ僕も行こうかな。他の奴隷も見てみたいしね」
「············おい」
「って、危なっ」
こっそり紛れ込んでいた男、ゲノムの頭上を黒い槍が通過する。
「てめえか。さっきから何かほざいていた野郎は」
「え、なんで分かったの? 声がする場所変えてたのに」
「······一つだけ妙な足音がした。これでも耳はいいんだ」
「あー、足音の事忘れてた。普段から姿ばっかり変えてると駄目だね」
「············聞いたことがある。人の感覚を惑わす魔術を操る男がいると。てめえ、ゲノムだな」
ストラスは目の前にいるふざけた男の招待を見破る。
過去に大きな事件を起こし、その魔術と共に有名になった男だ。
「············だったら何?」
ゲノムはストラスを睨む。
「てめえを捕らえりゃ大きな金が手に入ると思ってな」
「試してみる?」
ゲノムは手に持つ木の杖を取り出し、不敵に笑った。
「ほう、棒術か。槍使いに棒術たぁ、舐めてんじゃねぇのか? ······言っておくが、俺にてめえの幻術は効かねえ。五感に頼って動いているんじゃねぇからなぁ!!」
「ふっ······上等!!」
そうして幻術師ゲノムと、最強の槍使いストラスの戦いの火蓋が切って落とされた。
☆
「あ、やっぱりゲノムがいるのですよ」
「また変な事に巻き込まれてる。ここに送ったのは私だけど」
「でも凄いのです。ゲノム、全部避けているのですよ」
「確かに。そう言えば、ゲノムがちゃんと戦ってるの見るの初めて。興味ある」
「うはっ、今当たりそうだったのですよ。ハラハラするのです。でもきっとゲノムが勝つのです!」
「うん。面白い」
☆
「ストラス様、椅子に座って、一体何を······」
「見てわからねえか?」
「は。私では奴が何をしているか······ストラス様も」
部下の目には木の棒を振り回す侵入者と、椅子に座って余裕の表情を浮かべるストラスが映っていた。
「奴は俺様の闘気と闘っているのよ。俺が放つ最強の、な」
「さ、流石はストラス様です! そんな奥義を持っていたなんて······っ!」
「ふっ。君も精進しろよ」
「き、君? それに、ストラス様が優しい言葉を······」
「············そんな事ないよ。それより、ん」
「······は?」
「喉乾いたから、飲み物」
「さ、流石はストラス様。強者の余裕ですね! いつものブラックコーヒーでよろしいですか?」
「っ!! 馬鹿野郎!! 高級トロピカルミックスジュースに決まってるだろうが!! てめーこのやろばかやろう!!」
「し、しかしストラス様はいつもそれしか······」
「だったら用意しろよ。ダッシュな」
「はっはい!」
☆
「············なんか飽きたな」
椅子に座りながらジュースを飲む男、ゲノムは飽きていた。
幻術で自分の魔術の一つ『幻影』を使い、ストラスに自身の幻を見せていた。
幻のゲノムが避け続けているのは、実態が無いため、すり抜けてしまうからである。
ただし姿はもちろん、足音や服が擦れた音までかなりリアルに演出していた。
それはかなりの集中力が必要な芸当だが、幻術を極めたゲノムには苦ではない。
最初こそスレスレの感覚を味わっていたゲノムだが、かれこれ数十分の間オッサンの素振りを見ているだけなのだ。飽きるを通り越して苦痛だ。
因みに彼の部下は、ストラスに自身の姿を見せたゲノムにより、極秘の作戦がある為奴隷を解放しろ、と命令を出し部屋に居ない。
遠くには自分の家族が見に来ているが、二人も飽きてきているのが分かった。
「······終わらせよ」
ゲノムは呟くと、立ち上がりストラスの背後に近づく。槍が当たらない様、たまに声で誘導しながらゆっくりと。
そしてストラスの首元に手を触れると、呟いた。
「『夢幻』」
彼の幻術、最強の『夢幻』は、人の五感から得る感覚を最悪にする魔術だ。
視覚からは有り得ないほどの光を、聴覚からは耐え難い騒音を、臭覚からは想像を絶する悪臭を、味覚からは燃え盛る激辛を、全身からは神経を剥き出しにされた程の激痛を。
この魔術にかかって真面であった者はいない。
命は奪わないが、ストレスで死ぬ。
「······かっ、かっ············あふっ」
ビクンビクンと痙攣した後力なく倒れる男。
その感覚は二度と忘れず、夢に出ない日はない。
「············」
流石に可哀想かな、と思ったゲノムはストラスの頭に手を当てる。この国に来たばかりの彼は、ストラスがどんな悪行を重ねたか知らないのだ。
「途中で解けたら可哀想だし、頭蓋骨に直接刻むか」
彼の手から細い魔力が流れ出る。それはストラスの頭の中へ入って行きーー。
「んー······あっ! 痛みとか苦痛とかが快感に感じる様にすればいいのか」
名案とばかりに彼は魔術の刻印を刻む。
刻んだのは『幻想』と呼ぶ魔術。
深層意識の中、幻聴や幻視を見ることによって、人の考え方そのものを変える魔術である。時間がかかるが安全に洗脳する事が出来る。
「君は苦しいのが楽しくなる······。痛みが快感になる······っと。そういや、ゴル姉に紹介するって言っちゃったし、その辺もやっておくか。仲良くなれますように」
ついでに筋肉質の人が美しく見える様に刻印を刻む。
そして周辺国家を恐怖に陥れていた男、最強の槍使いストラスは生まれ変わる。
魔槍『ゲイボルグ』を操るドMで筋肉好きの男として。
彼がダストダスを「愛の国」として再建するのは、また別の話である。
余談だが、彼が嫁探しにダストダスへ来たことがバレると、ゲノムは二人の少女からお説教を食らうのであった。
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