4月11日
受肉して『シューイ』に来ました。
初めて感じる重力…これはかなり新鮮です。
いえ、もちろん、あちらにいた時にも重力は存在していたのですけど、私自身の質量がゼロだったために、重力を体に感じることはなかったのです。
ですが、受肉して、質量が生まれ、それによって重力を感じるようになりました。
(ミカエル 記)
ミカエルは、地面を蹴って、何度も飛び跳ねていた。
飛び上がっては、すぐに地面に引き戻される感覚。これは初めての体験である。
「なんて楽しい…」
その美しいとさえ言える顔は、にこやかに微笑んでいた。
身長180センチを超える二十歳前後に見える男性が、腰までの金髪を振り乱しながら何度も飛び跳ねる。
傍から見れば、全く理解できない光景であろう。
とはいえ、運のいいことに、その光景を見た人間は、他には誰もいなかった。
しばらく飛び跳ねた後、ミカエルは遠くから近付いてくる人間たちがいることに気付いた。
ミカエルが飛び跳ねていた草原のすぐそばを、道が通っており、その道に沿って移動している人間たちらしい。
その外見から、
「あれがいわゆる、冒険者ですね」
もちろん、ミカエルはあちらにいた頃に、冒険者と言う職業があることは知っていたし、何度も『見た』ことはあった。
それこそ、三千世界あまねく知識が頭の中に入っていると言っても過言ではない…だが、実物を、直接目で見るのは初めてである。
それは、想像以上にエキサイティングな経験であった。
そのため、飛び跳ねるのをやめ、冒険者たちが道を歩いて近寄ってくるのを、ニコニコと見続けたのだ。
その日、第十級冒険者パーティー『天使の微笑み』は、結成以来のピンチに陥っていた。
四人パーティーであった『天使の微笑み』は、その日の朝、三人パーティーになったのだ。
パーティー唯一の治癒師が脱退したのである。
より正確に言えば、別のパーティーに引き抜かれたのだ。
「はぁ~」
パーティーリーダーの剣士フジクは、歩きながら、深いため息をついた。
「もう、フジク、そのため息何度目よ!」
斥候のアンナが、朝から数えれば何十回目かのため息をついたフジクを叱る。
「そんなこと言われても…治癒師がいないパーティーとかあり得ないよ」
「冒険者養成学校でもそう習ったもんね…確かにこれは困ったわね」
フジクの説明を、魔術師のシェラザードが補足する。
本来、『天使の微笑み』は、剣士フジク、斥候アンナ、魔術師シェラザード、そして治癒師と、非常にバランスのとれたパーティーだったのである。
だが、その一角が抜けたことで、地上依頼はもちろん、ダンジョンに潜ることも出来なくなっていたのである。
もちろん、治癒をポーションなどに頼ることによって、パーティー活動を回すことができないことはない…だが、ポーションの値段を考えると、あまりにも現実的ではなかった。
もちろん、もしものために数種類のポーションを持ち歩いてはいたが、あくまで『もしものため』である。
決して普段使いしていいものではないのだ。
怪我を治す、毒から回復する、疲労を軽減する…これら全てを、治癒師は一人でこなしてくれるのだ。
これらをポーションで行おうとすれば、一日ダンジョンに潜っただけで全財産が飛んでしまうほどのポーション代がかかる…ありえない!
「くそ~、なんでよりによって、うちみたいな少数パーティーの治癒師を引き抜くかな」
「そりゃ、まだ第十級だし…。移籍先が六級なら、稼ぎはざっと倍になるんだもん…」
剣士フジクの愚痴に、斥候アンナが正論で返した。
「わかってるよ…わかってるけど…はぁ」
フジクはため息をついた。
そんな三人は、ロソーの街への道を歩いている。
四日前に受けた依頼を、ロソーの街でこなさなければならないからである。
治癒師がいなくなったため、正直こなせるかどうか疑問なのであるが…。
そんな三人を、道路脇の草原からじっと見つめる視線があることに気付いた。
「フジク、なんかずっと見られているよ」
真っ先に気付いたのは、さすが職業柄であろうか、斥候アンナであった。
「あら、イケメンね」
フジクが答える前に、魔術師シェラザードが答えた。
草原に佇む男は、確かにイケメンである。
いや、イケメンというか…、
「いや、造形が完璧すぎだろ…」
剣士フジクもその男を見て、正直に思った感想を言った。
「フジク、男の嫉妬はみっともないわよ」
「いや、嫉妬じゃねえよ!」
魔術師シェラザードが、やれやれと首を振りながら言うと、剣士フジクは激しく言い返した。
「それにしても、彼が身に纏っているのは…珍しい恰好ね。神官の服に近いかしら?」
シェラザードは、フジクの言葉をスルーし、男が身に纏っている物を見た。
おそらく、一枚の白い大きな布を、折り曲げたり重ねたりして身に纏っている。
神官の服も、白く華美な装飾などないために、男の服もその辺りかと思ったのだが、どうも違う気もするのだ…。
だが神官以外であんな感じの服装など、ありえない…。
「こんにちは」
ミカエルは、三人の冒険者に挨拶した。
「ああ、こんにちは」
冒険者の一人、剣士の男性が挨拶を返した。
他の、女性二人は手を振っている。
受肉して、初めての会話!
こちらが挨拶をしたら、相手もきちんと返してくれた!
ミカエルは感動していた。
だが…、
「きゃあーーーー」
「だれかーー!」
遠くから、人の声が聞こえた。
その瞬間、三人の冒険者は走り出した。
声の聞こえた方に向かって。
「あら…」
ミカエルは、一人取り残された。