女神さまはお強い
「ところで、そんなやばい物なんですか? そのヴィクなんとかって魔導書」
地下のさらに奥、敵の本陣へ歩きながら聞いた。
「わたしの管轄外の物だから、出来るなら触りたくないよねえ」
あー嫌だ嫌だと、女神様は肩をすくめて見せる。
金髪金瞳で、小柄な少女姿の女神様は抱きしめたくなるほどかわいい。
宇宙の塵になりたくないので我慢しますけど。
こんな地下でも、贅を尽くした扉を作るとは、中の奴らの程度が知れるなあ。
最奥への扉を、指も触れずに女神様が吹き飛ばす。
十人ほどの男が、目を丸くしてこちらを見る。
ご丁寧にも、全員が黒いフード姿だ。
「あー、あったあれだ。取ってこい」
一番奥では、一番偉そうな聖職者が怪しいことをしていた。
怪しいどころか、吊り下げられた女の死体から血を集めてやがる。
部屋の隅には、何十人分かの人骨。
数人は煮込めそうな鍋と、その近くの机には、見るからに禍々しい巨大な書物。
「なにごとか?」「なに者だ!」と騒ぐ悪人どもに、女神様が一言。
「動くでない」と、これだけで全員の動きが止まる。
何の抵抗もなく、俺はヴィルクォムの魔導書を手にとった。
やばい物なんだろうが、どーせ異世界人には効かないだろうし。
と思ったら、持ち上げた瞬間、最深部の扉が開く。
あ、そういう仕掛け。
「ふはは! その本から召喚したが、余りの強さに制御出来ず封印した悪魔の力、思い知れ!」
まだ喋れたのか、一番偉そうな人が説明してくれた。
出てきた悪魔は、ぴょーんと跳ねると、喋っていたおっさんを頭から喰った。
そりゃ制御出来なきゃそうなるわ。
女神様が右手を軽くふる。
悪魔とやらは、一瞬で灰と塵に戻った。
その力と、上半身を食われた偉そうな奴の死体、それを見て残りの奴らは諦めたようだ。
「どーぞ! 持ってきました!」
もし俺に尻尾があれば、全力で振ってるところだ。
「ちょっとそのまま持ってて」
仰せのままに。
じーっと魔導書を眺めた女神様がいう。
「きさまら、これに64人の女の血を吸わせたな。金髪と処女が条件であろうに、よくも集めたものだ」
いや、こいつらは街の娼婦も使ってるはずですぜ。
だからと言って許される訳ではないが。
条件に合わぬ女だと効きが悪いから調べたところ、丁度ユニコーンに跨った金髪少女が現れたと、そんなところか。
罠にかかった悪人どもの前で、女神様が本に手をかざす。
「つらかったろう。今出してやる」
その顔は、まるで女神のように優しかった。
「ヴィルクォムの物に囚われると、魂もそちらに捕まる。死しても永遠の苦しみを味わうのは、わたしの世界の律ではない」
これは、女神様が俺に向かって言った。
「さあ、いくがよい。またわたしの子として巡るがよいぞ」
本からきらきらと光が立ち上る。
「こいつら、どうします?」
俺は残った男どもを指さした。
「裁いたり罰を与えるのは、わたしの役割ではないからなあ」
「じゃあ俺がやりましょうか?」
「お前、動けぬ者を痛めつけるつもりか?」
これには「うっ」となった。
「まあ良い。これをお前ら返すぞ」
女神様は何のアクションも起こさなかったが、男たちの足元から血が溢れ出す。
動けぬ男たちの体を、64人分の血が這い上がる。
放っておけば、溺れ死ぬだろう……が。
開け放った入り口の向こうが、騒がしくなったようだ。
逃げた女達が何処かへ通報したのだろう、ぎりぎりのところで助かるかもな。
男たちは、泣きながら懺悔と反省を口にする。
女神様と俺は、それに背を向けて歩きだした。
「これ、どうします?」
「鞄につめておいて。もう無害だし」
怪しい魔導書は、雑多に詰め込まれた女神の荷物の一つになった。
教会の庭に出ると、やっぱり人が集まり始めていた。
そこで、俺は重要な事を思い出す。
「女神様! 俺の名前を忘れてましたよね!?」
「う、う~ん、そうだっけ? むしろ聞いたっけ?」
「酷い! 言いましたよ!」
「分かった分かった、覚えてやるから言え」
「……全知全能なんじゃ?」
「まさか! 知らない事の方が多いし、まあ出来ることの方が多いが全てではないぞ」
ちょっと意外。
「じゃあ……神さまの下僕なんで、ルシフェルと呼んでください!」
「え、何それ、ダサい。お前にも、授かった名があるだろう?」
俺の名前は……オンラインゲームに本名登録して以来、ちょっとトラウマなんだよなあ。
こういうファンタジー世界では特に。
「ほれ、早く言え。人が来るぞ」
周りを見ると、槍を持った官憲らしきのが大量に集まっている。
こっちに気付き、声をかけてくれてる者もいた。
「えーっと……ゆうたです。けど、別の名前で呼んでくれても!」
女神さまは、にっこり笑って言った。
「いい名じゃないの。よし、ゆうた、次へ行くぞ!」
「はい! 喜んで!」
俺は、新しい上司かご主人様か飼い主か、何にせよ一生付いていくと決めた。
「おい、大丈夫か? 怪我はないか?」と声をかけてくれる兵士の前で、女神さまが右手を上げる。
遥か天上から、光の柱が大地に突き刺さり、俺たち二人を包む。
「そうだ。あいつ連れていきません」
天へ登りながら、俺はユニコーンを指さした。
「悪くないな」
そう言うと、女神さまはユニコーンに手招きする。
ユニコーンは、ペガサスのように空を飛び俺たちに追いつく。
「ゆうた、次はちょっとハードだぞ?」
「地獄の底でもお供します」
ま、それより過酷な場所へ連れていかれるのだが……。
俺、ゆうたと女神の世直しの旅は、こうして始まった。
モチベに直結するので
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