壁の家
”シース”と名乗った女の子について行く。
ここは底穴と呼ばれるダンジョンの第六階層、モンスターも出るのだが、この子は安全な道を知ってるようだ。
「先に見つからなければ平気さ!」と逞しいことも言う。
天井まで三十メートルほどあり、地下迷宮と言うよりも森や街がそのまま地下に沈んだような不思議なダンジョン。
その中で建物に囲まれた狭い通路を、シースはすいすいと歩いていく。
幾つか気になっていたことを聞いた。
「なあ、地上で暮らさないのかい?」
「……ここの方が、安全なんだ」
「どうして?」
「ボク達はローテルの孤児だから。捕まったら売り飛ばされる」
ローテルというのは、最初に訪れた町の名前。
巨大なダンジョンの近くということで、とても繁盛していた。
商店・宿屋・飲み屋、そして娼館。
孤児は、そこの女たちの子供がほとんどだそうだ。
「春を売るのに、子供は邪魔なんだよね」と、シースは何でもないように言った。
うーむ、十を過ぎたあたりに見える子供の口から聞きたい話ではないなあ。
腕自慢の冒険者が集まる場所、その暗部を少し覗いてしまった。
「ここで孤児ばかりで暮らしてるのかい?」
「そうだよ。ここは冬がないからね、凍死しなくてすむ。それに、おっさんみたいな間抜けな冒険者から、適当に盗んで売ってりゃ食ってけるんだ」
このガキ! 全然反省してねえ!
だがまあ、自分らの才覚だけで必死に生きてる子供を、俺の世界の常識で怒鳴りつけるのも変な話だ。
自分だけでも、昔の常識に従いますかね。
子供に『助けて』と言われたら、大人は無条件で手を差し伸べるって常識に。
「なあ、シース」
「なんだい、おっさん」
「おっさんはやめてくれ。俺には”ゆうた”って名前がある、優しいって意味だ」
数歩前を行くシースがこっちを振り返る。
「変な名だ。ユウタだって、ユウタ!」
初めてシースが子供らしい笑顔を見せた。
薄汚れた茶色い顔だが、ぱっちりとした目とえくぼがかわいい。
そしてまた俺は、余計なことを言ってしまう。
「うんうん。笑ってた方が良い、将来は美人になるぞ」
シースは、短く刈られた髪を引っ張りながら答えてくれた。
「そうかな、そうだとイイなあ。この髪だと男の子にしか見えないし」
口調も原因だと思うけどね。
少し打ち解けてくれたのか、次第に口数も増えてきた。
それから丸刈りの女の子が衝撃的な提案をしてきた。
「ユウタさ、ボクの髪が伸びた頃、買いに来てよ。あと一、二年もすれば盗みをやめて街角に立つんだ。そうすれば、弟妹たちにもう少しマシなものを食わせてやれる」
えっ! ――と言いたかったが、声が出なかった。
『待て、止めなさい』と言うのは簡単だが、盗みや売春をしてでも下の子の面倒をみる決意に、なんて言えばいいのだろう。
「どう? 安くしとくよ?」
俺に呼びかける『姉』と呼ばれる女の子の顔には、何の負い目もなかった。
七層へと降りた。
子供らの住処はこの階だそうだ。
「シース、5層のボスはどうしてるんだ? あれを倒さなきゃ降りて来れないんだろ?」
「抜け道があるんだ。内緒だよ」
「それって5層だけ?」
「お、ユウタは鋭いね。10層にも15層にもあるよ! そっから先は魔物が鋭くてさ。何なら案内してやろうか?」
それは是非とも頼む。
一気に降りれれば、それだけ早く仕事も終わる。
どの階も数キロ四方はある大きなフロアで、下手すりゃ1日に一つか二つがやっとだ。
道案内の約束を取り付けた頃――お礼に残ったお金と宝石を全部あげると約束した――シース達の家へ着いた。
「壁……にしか見えないけど?」
そこはダンジョンの端、壁に面したところだった。
「まあ見てなって!」
シースが石ころを拾って壁の一部を叩くと、その近くの壁がへこむ。
魔法ではなく人力で中から引っ張ってるようだ。
隠れ家は壁の中にあった。
「シースだ!」「シース、シース」と、中から子供の声がする。
「お医者さんを連れてきたんだ。心配しなくていいからね」
シースはそう言ってくれたが、子供らの視線は厳しい。
見ず知らずの大人は、最大限警戒するようになってる。
「大丈夫、何もしないよ。あ、いや、治すだけだからね」
全力で優しい笑顔を作ってみたのだが、余計に胡散臭いと思われたみたいだ。
壁の中は想像してたよりもずっと広く高い。
木の根が何百と入り込んで空間を支えていた。
「こっち」とシースが先に立って歩く、見つめる子供らだけで十人以上。
そして案内された先には、五人の子供が寝ていた。
見るからに血色が悪く、苦しそうだ。
一応、「原因は?」と聞いたら、近くの川で水を飲んだらこうなったと。
あとで川とやらも見にいってみよう。
<<治療>>
ただの医術や薬草の神なんかではない、絶対神がくれた能力。
水に当たったか毒か分からないが、ほんの一瞬で全快させる。
俺の後ろで見ていた二十以上の瞳が、あっという間にキラキラになる。
「凄いや!」
「本物のお医者だ、初めてみた!」
「あのね。わたしの右目、見えないの」
「足が痛い!」
口々に騒ぐ子供らを集めてから俺は言った。
「さあ順番にならんで。悪いとこ、全部治そう!」と。
シースは、治った5人を抱きかかえるようにして泣いていた。
歳は11か12といったところで、二十人近い子供の面倒見てたのか、この子は……。
女神さま、すいませんが少し出張が長引きそうです。




