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ダンジョンチルドレン


 ファンタジー的な『シーフ』かと思ったが、ただのこそ泥だった。


 捕まえた泥棒のフードを取ると、小さな頭と短く刈られた髪が出てきた。

 少し驚く、先程の反応から女の子かと思ったが……。


「お前、男の子か?」

 尋ねてから後悔する。

 その子の顔が屈辱で歪んでしまった。


「……シラミが付いてるからって……切られた」

 一度丸坊主にされて、乱雑に伸びただけだった。


「悪かった。すまない、謝るよ。けど人の物を盗ったらだめだぞ。何でこんなことをしたんだ?」


 捕まえた女の子は10歳を少し過ぎた程度にしか見えず、軽い説教のつもりだったが、返事は返ってこない。


 ストリートやマンホールに住む子供たちってのが、俺の世界にもあったなと思い出す。


 う~ん、これはどうするかなあ。

 女神さまは、人の不幸とか苦しみとかは気にしない。

 魂の輪廻がある世界だから、悪い人生でも雨が降った日のようなものと達観しておられる。


 しかしだ、平和な現代に生きてた俺は、こういうガキを”しつけ”だとぶん殴って放って行けるほど悟ってもいない。


 アメを使おうと、俺は決めた。


「槍は戻ったが、他の荷物は売ったのか? 素直に話せば、幾らかお前にくれてやる。管理人にも引き渡さないぞ?」


 子供は、ぱっと顔を上げたが、直ぐに『騙されるもんか!』って顔をして俯いた。

 大人への不信感が相当強いみたいだ。


「嘘じゃないぞ。俺にとってこの世界のお金は、特に価値がないからな。俺の目的は、この穴の一番奥の更に下だ。そこで一戦交えたら、この世界から出ていくんだ。分かるか?」


「……おっさん、頭おかしいのか?」

 ようやく、女の子が喋ってくれた。


「おっさんじゃねーよ、お兄さんだ!」

 定番の返しをしておいて続けて話した。


「さっきの戦い見てたろ? 俺はこの先に現れた……強い魔物かな、まあそいつを退治する為に神さまから派遣されてきたんだよ」


「おっさん、やっぱイカレてるな」

 今度は少し歯を見せて笑うが、その歯は黄色く虫歯が何本も見える。


 この子に、もう少し証拠を見せてやろうと決めた。

 すらっと剣を抜き、女の子の前に突きつける。

 捕まえた手には、恐怖でびくっとすくむ感覚が伝わったが、そうじゃないから怯えるな。


「お前、虫歯だらけだな。この剣に映して見てみろ」

 ”にっ”と剥いた歯には、やはり虫歯が目立つ。


「それを治してやるから、見てろよ」

 一度剣を地面に突き立てて、預かった大量の能力の中から<<治療>>を選ぶ。


 ありがたいことに詠唱なんてなし、右手にでも宿らせて使うだけ。

 手で女の子の口を塞いで数秒待つ、これで完成だ。


「見てみろ」と再び剣を差し出すと、女の子の顔が驚いて一瞬だけ笑顔になった。

 いが栗坊主にされてても、笑うとかわいいものだ。


「す、すげえ……一瞬で歯が……」

 どうだ驚け、これで俺が女神のお使いの最中だと理解しただろう。


 女の子はまた俺を見て、また目を伏せて、少し悩んでから俺に視線を合わせる。

 その大きな瞳には、これまでにない強い覚悟があった。


「お、おっさん、いやお兄さん! 弟や妹達を助けて下さい! 病気で死にそうなんです!」

 

 女の子は強い瞳のまま、いきなり俺に訴えた。

 その目は急激に力を失い、みるみるうちに涙に覆われる。


「お願いします、出来ることなら何でもします。うちの女では、ボクが一番大きいから、ボクの身体なら好きにしてくれていいです! だから助けてください……お、おねがい……」


 完全に泣き崩れてしまった子供から、捕まえていた手を離す。

 その子は、その場にペタンと座って泣きじゃくっていた。


「何処だ?」

「……え?」

「お前たちの家だよ。病気の一つや二つ治してやる。心配するな、子供に手を出したりしないよ。うちの上司は、コンプライアンスには事の他厳しいんだ」


 後半の言葉の意味は分からなかっただろうが、助けることは伝わったようだ。

『信じられない』といった表情をした女の子が、今度は安心から泣き出した。


 子供の泣き声ってのは、悲しい時と嬉しい時で違うんだなと、俺は知った。


 ぐすぐすと鼻を慣らす女の子――名前も分からんのでは不便だな。


「お前、名前は?」

「ボクですか……ぐすっ……シースと呼ばれてます。『姉』って意味です」


 な、名前もないのかぁ……生い立ちを聞くのが怖いなあ。

 寄り道になるが、これくらいは女神さまも大目に見てくれるだろう。


 日本から離れてまだ一年も経たぬ俺に、これを見捨てて先を急げって言われても無理ですよと。

 開き直った俺は、ダンジョンにある子ども達の家へとついていくことにした。

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