1話 始まり
俺の持ってる最後の記憶は、『危ない! トラックが!』だった。
気がつくと、普通の名字と平凡な名前を持つ俺は、光溢れる部屋にいた。
頭上から、優しい女性の声が降ってくる。
『人の子よ、何を望むのですか?』
こ、これが、噂の!!
……15分後。
「あーもう! めんどくさい!」
眼の前で、異世界の女神がキレた。
「あんたらねぇ、どいつもこいつも要求が細かいのよ! 昔は良かったわよ、昔は。飢えた少年を死の間際に拾って、体を治して送り出してやれば死ぬまで戦ったのに!」
うわーゲスい。
「それが、剣を寄越せ魔力を寄越せ……まあこれは良いわ。手間もないし、素手で放り出すのはちょっと気が引けてたから。けどさ、勇者にしろ賢者にしろは違うでしょ? それって自分で掴み取るもんじゃなくて?」
「はい! おっしゃるとおりです!」
俺は、直立不動で返事をした。
社員を駒にしか思わぬ企業で鍛えられた俺には朝飯前。
キレた上司には逆らわぬのが正解。
いや上司じゃないけど……美人の怒り顔なんてご褒美と思えるメンタルが、俺にはある。
「挙げ句の果てによ? 最初から戦闘力100億にしろあらゆる攻撃を無効にしろどんな攻撃もラーニングさせろ幸運マックスにしろハーレム要員を用意しろだのその他たくさん、いい加減にしろってのよ!」
ほー、神さまでも息切れするんだ。
一息で言い切った女神を前に、顔だけは神妙な様子に変える。
『困ったな。せっかく異世界に来たのに、最初の一歩で躓きそうだ』
それも俺が悪い訳ではない。
これまでの候補者が欲張り過ぎたせいなのに。
「で、あんたの要求なんだっけ?」
完全にゴミムシを見る目で、全能の女神様は聞いた。
ブラック営業の鉄則。
相手が怒っても、あくまでにこやかに、絶対に譲るな。
『お前が殴られれば、こちらの条件で商談成立するんだよ!』
そう言ってビンタするのがこれまでの上司だった。
「えー、わたくしとしましては……。どんな物でも切り裂く剣と、どんな攻撃も防ぐ盾。出来れば強力な魔法とかも使えれば。あと、女エルフを惹き付ける容姿か能力も下さい!」
最低限の条件を伝える。
「ふーん。わたしの話、聞いてた? 殺されたい?」
「滅相もございません!」
俺はジャンピング土下座した。
目がマジだ。
しかし、ここで引くわけにもいかない。
本当に何の能力もなく放り出されて、ふつーのスローライフとか無理です。
凡人のスローライフなんて見たくもない。
「出来ないんですか?」
「へっ?」
「今言った条件、無理なんですか?」
反社会勢力に売り込みに行った時よりも巨大なプレッシャーが膨れあがる。
大気が震えてプラズマが走る。
力ある者が怒ると、ゴゴゴ! ってなるあれ。
本当だったんだ。
「出来ないわけないでしょ! 2170の世界に1万飛んで265人の転生者を送り込んだこのわたし<<○△&#%>>に不可能なんてないわ!」
うおー名前が聞き取れない! 流石は女神!
だが『出来る』と言わせれば、俺の勝ち。
「なら、証明してくださいよー」
ドヤらないように、なるべく弱気で申し出る。
「それなのに! あんたらはろくに世界を平和にもせず、だらだら冒険するかイチャイチャするか勝手に国造り始めるか! どれだけの能力を授けてやっても、目標達成率は1%以下じゃないの!」
あ、まだ説教が続くんですね。
けどそれを俺に言われもなあ……。
「め、女神さま! 自分は全力で最短距離で邁進いたします! ですから先程の条件でお願いします。誰かに任せるしかないのなら、是非わたくしめに!」
「ふぅ、それもそうね……」
やった、女神が折れた。
怒りはそう長続きするものではない。
それも床に額をごんごんぶつけて懇願する相手には。
土下座と額の痛み、ついでに飛んでいったメガネ。
これだけでどん底の現世から解放されて、最強ライフが手に入るなら安いもんだ。
「あんたの言うとおりね。自分でやった方が早いわ」
「へ?」
聞き間違えでなければ良いが。
「わたしの力の数%も割くような要求なら、自分でやった方がマシだわ。神の力の回復も、時間かかるのよ」
「いやいや、待って下さい! それではこちらの都合、いや僕はどうなるんです!?」
「あんたもう良いわ。帰してあげる」
「そんな殺生な! 話が違います!」
「元に戻すだけよ?」
「絶対嫌です! お側において下さい、何でもしますから!」
「うーん……荷物持ちなら……」
「それで構いません!」
こうして、俺は無事に異世界転生出来た。
そして、最初の世界へ……女神の荷物を背負いついて行く。
混沌から生まれし邪竜とかいうのが居た。
大陸全ての生物を根こそぎ食い荒らして、放っておくと世界が飲まれるとかなんとか。
女神様は、一直線に邪竜の住処に乗り込み、ワンパンで倒した。
「つ、強いっすね……」
「当たり前じゃないの。さ、次の世界に行くわよ。ノルマ貯まってんのよ」
俺の新しい上司は、人使いは荒いがとても美しい。
それだけで、何とか耐えられそうだった。