Death from below
眼下にはゴマ粒大の大きさと化した輸送機が、頭上には厚い雲と街が広がっている。
高度10000mを、俺は文字通り真っ逆さまに落下していた。吹き付ける風が降下用スーツをバタバタとたなびかせ、体温を下げていく。訓練を積んでいなければ凍傷を負うレベルだ。もちろん俺達にはとっては問題にならない。
ぐんぐんと腕につけた高度計の数値が下がっていく。予定通りならあと一分程でパラシュートを開く手筈だ。
地上に目をやると、小さくだが降下地点が見えた。家々が密集する中でポツンと空いた空き地。人々が追い出される前は高校として使われていた所のグラウンドだった。今では拠点S-21なんてつまらない名前が付けられている。
あそこに一度降り立てば三年間は抜け出せない。じっくりとこのフリーフォールを楽しもう。
そうしてしばらくの間、風を受ける喜びを噛み締めていたのだが高度2000mを下回ったあたりで事態が変わった。
目の端を肉眼で捉えるかギリギリのスピードで、何かが掠めた。
目の錯覚か、光の屈折か? 内心首を傾げる。だが錯覚や光にしてはやけに質量を感じさせるものだったような。
永遠に続くかと思われた疑問だったが、答えはすぐに与えられた。
連続する小さな破裂音、ついで赤色を放つ弾丸――曳光弾が脇を駆け抜け、灰色の空に軌跡を描いていく。
図らずとも俺はクレー射撃の的となった――などと考えている場合ではない。瞬時に脳をフル回転させ、今すべきことを頭の中に描いていく、といっても空の上でできることなんて大してない。
そう、大してないのだ!今できるのはただこの集中砲火を食らう時間を減らすことぐらい。フル回転した脳から吐き出される敵への無数の罵声を頭の隅に押しやり、体を地面に垂直に傾けて空気抵抗を減らした。
既に開傘する高度は過ぎていた。もちろん今開けば四方八方からの弾丸に風穴を開けられるだけだ。開くならギリギリの高度であればあるほどいい。
ただひたすら集中砲火に耐え、俺は時が来るのを待った。そして――高度200m。俺は力の限り紐を引っ張った。身体に急激な負荷が掛かり、上に引っ張られる。成功した、かのように思えたが思いの外スピードは落ちなかった。そのまま校庭のピッチャーマウンドに不時着する。
鈍い痛みに耐えながら起き上がり四肢を確かめる。幸いにも打撲だけで済んだようだ。幸いにも。
パラシュートを脱ぎ捨て、足に結び付けた荷物を下ろす。
「あ」
リュックのど真ん中に弾痕があった。慌てて中を確認すると、見事に寝間着すべてを弾丸が貫いていた。
これから三年間、こいつで寝なきゃいけないのか。そんな不安が脳裏をよぎる。いや待て、さすがに替えぐらいこの学校にもあるだろ。
ふと、頬を水滴が伝った。雨だ。見上げると、上空では未だ降下しているやつらに向かって銃弾が撃ち込まれていた。早めにパラシュートを開けた何人かの臆病者がジタバタしているのが見えた。
馬鹿な奴らだ。地面に激突するリスクより撃たれるリスクを取るとは。そんな奴はこの先生き残れるわけがない。ここで死んでいくほうが仲間に迷惑を駆けずに済むだろう。
とにかくここを離れなくては。このままだと降りてくる味方の邪魔になってしまう。そう思って移動しようとした時だった。
「圭! 大丈夫か」
マスクを外した裕哉が降りてきた。すぐにパラシュートを外すと駆け寄ってくる。
「クソ、あいつらルール違反だぞ! 新人への編入時の射撃は禁止されてるはずなのに! 」
裕哉が同意を求めるような態度で話しかけてきた。確かに裕哉が怒るのも最もだがここは訓練の一環とはいえ戦場だ。ルールなんて意味をなすはずがない。と当然のことを考えていると、「お前頬に血が付いてるぞ」と指摘された。すかさず拭う。掌が赤く染まっていた。どうやら雨だと思っていたのは臆病者の血だったらしい。
「しょうがねえよ、隔離されてるから誰もルールなんて守らねえ。とっとと校舎にいこうぜ、ここじゃ流れ弾も飛んでくるかもしれねえし」
裕哉は溜飲を下げてはいない様子だったが意見は一致したようだ。俺達は荷物を掴むと走り出した。
ふと気になって裕哉に尋ねる。
「聡を見なかったか? 」
「いや、俺より先に開いたからわかんねえ」
マジか。どうやら聡も上にいる臆病者の一人だったらしい。後でからかってやろうか。なんて考えながら、俺達は玄関をくぐっていった。