第一話 お人形のお姉ちゃん その9
「実はうちのお父さん、浮気して家を飛び出して行っちゃったんだけどね。それまでずっとお母さんとおばあちゃんはいわゆる『嫁と姑』って感じでずっとケンカばっかりしてたの。一緒に住んでるっていうのもあったしね~」
聞けば、お互い罵声の浴びせ合いは当たり前。毎日恐ろしいまでの怒号がご近所中に知れ渡る勢いで鳴り響いていたらしい。
「それが、お父さんの浮気が分かった瞬間二人して鬼になってお父さんをぼっこぼこにして叩き出して、その時に妙な結束感というか、なんか仲良くなっちゃったみたいなんだよね~。ぱっと見今まで通り口げんかばっかではあったんだけどさ、ちょこちょこお互いを気遣うのがわかるっていうか。でも二人とも素直じゃなかったから」
そうして、肝心の父が離婚をし家を出た後もなんとなくそのまま奇妙な三人暮らしが続き、それはそれでひとつの家族として上手く回ってはいたらしい。……祖母に胃ガンが見つかるまでは。
「その時のお医者さんが無神経でね。胃ガンの原因としてはストレスが考えられますなんて言ってさ。それからかな、お母さんが辛そうな顔して色んなものに当たるようになったのは。おばあちゃんも入院してから死んじゃうまであっという間だったし」
そして、ますます荒れていく母親を見るに見かねて、咲奈は願ってしまったのだという。祖母が生きていれば、せめて仲直りをしてから祖母が逝ってくれれば、と。
「私、びっくりしちゃった。次の日起きてみたらお母さんの後ろにおばあちゃんがずっとくっついて回ってるんだもん。お母さんが何かやらかすたびに生きてた頃みたいに怒った顔して。それでね、おばあちゃんが時々何か言いたそうにしてるのはわかるんだけど、お母さんにはもちろん私にも何も聞こえなくて。それ以来、ずっとああしてお母さんにべったり。やっぱり、おばあちゃんお母さんの事嫌いじゃなかったんだなってことがわかったのは良かったんだけどね~」
そう言ってへらりと笑って見せた咲奈の目から、涙が零れ落ちる。
「私、間違ったことしちゃったのかな? お母さんが心配だからって、ちゃんと天国に行けたはずのおばあちゃんをこうしていつまでもこっちに引き留めちゃって。でも、どうやったら元の所に戻せるかなんてわかんないし、おばあちゃんもやっぱり幽霊は幽霊だから、全然会話なんてできそうにないし、お母さんは日に日に荒んでいくし……。ねえ柚君、私、どうしたらいいんだろう……」
気が付けばバスはもう祖母の家に到着する所であり、柚は、何も言わずに咲奈を置いてバスを降りてしまう。
「え……? またこんなタイミングでほってくの? ちょっと柚君!」
柚は、そんな咲奈の声を無視して、骨壺を抱える咲奈の母親の方へ歩み寄っていく。
「叔母さん、ちょっといいですか」
いきなり声をかけてきた甥の姿に、少し動揺を見せながらも、咲奈の母親は答える。
「あら、柚君どうしたの?」
「その……。叔母さんの義理のお母さんから伝言です。2階の桐箪笥の一番上の右側の引き出しの裏。そこにある日記を読んで欲しいって。それじゃあ、失礼します」
余りに突拍子もない発言に目を白黒させている間に、柚はさっさとその場を立ち去ってしまう。
「ちょっ! いきなり何をわけのわからないことを……!? あたしの義母さんから伝言? 死んだ人間が一体どうやって……?」
細かい話を聞かれたら絶対にめんどくさいことになるとわかっていた柚は、それから親戚一同が解散するまでの間、叔母の詳しく問い正したいという視線をのらりくらりと受け流し、結局一度も捕まることなくその場をやり過ごすことに専念した。
あとから話を聞いた咲奈からしてもそれは同じで、いくら咲奈がどういうことだと詰め寄っても、帰ってそこを調べてみればわかるとしか柚は答えない。
結局、何も言わないまま本当に家まで帰ってしまった柚に釈然としない思いを抱えながら、咲奈は母親の運転する車で帰路に着くのであった。
――その夜。
「ねえ、本当に一体どうなってるの!? なんで柚君、あんなものが隠されてるってわかったのよ!?」
半ば無理やり交換させられた電話番号を早速利用され、柚は電話越しにものすごい剣幕で問い詰める咲奈をとりあえず落ち着かせることに必死であった。
「いや、だから……。咲奈さんは、ばあと一緒で『死んだ人の魂を呼び戻すこと』が出来るんでしょ? じゃあ僕は何が出来るんだろうって思って。よくよく考えたら、僕、最初から咲奈さんのおばあさんの声が聞こえてたんだよね。僕は多分、咲奈さんと違って『死んでいる人とも普通に会話が出来る』。いやぁ、同じばあの孫なのに出来ることが違うって面白いね」
「なんでまたそんな呑気なの!? 頭追い付かないんですけど!? お願いだから勝手に一人で納得して勝手に一人で話を終わらせないで~!」
「いや、だからさ……」
実は、葬儀場からの帰りのバスの中、咲奈が涙を流しながら柚に悩みを打ち明けている間。柚は、同時進行で叔母に憑いていた咲奈の祖母の話も聞いていたのだ。
うちの馬鹿息子が女を作って出ていったせいで孫にも嫁にも肩身の狭い思いをさせている。嫁は昔からそそっかしくてガサツなところがあって、ついつい小言を言ってしまってはいたが、結局それは息子を愛し可愛い孫を産んでくれた嫁を放っておけない親心ゆえのことだったこと。その馬鹿息子と離婚した後も、なんだかんだもっともらしい言い訳を並べては自分と一緒に暮らし、面倒を見ると嫁が言ってくれたこと、そして、それが堪らなく嬉しかったこと。
でも、やっぱり申し訳なさが勝って、せめて自分が憎まれてでもご縁さえあればもう一度別の素敵な男性と結婚できるように、少しでもいい相手を見つけて送り出せるようにと小言が増えてしまったこと。そういった諸々の心労が祟って、身体に違和感を感じるようになったこと。
そして最後に、咲奈の祖母は言ったのだ。その毎日の葛藤、苦悩を綴った日記が自分の部屋の桐ダンスに隠してある、と。もう自分の言葉は直接は届かないみたいだから、恥ずかしいけれどその日記を読んで、私が二人に感謝していたことを伝えたい、と。
「というわけです」
「『というわけです!』じゃなくて! なんでその場で言ってくれなかったのさ~!? ちょっとほんとに柚君信じられないんですけどっ!」
「いやだってただでさえバスの中で泣き出してみんな咲奈さんの方見てたのに、あの場でそんなこと言ったら絶対大騒ぎするなと思って」
「だからなんであんたはそんなに冷静なのよ!? なんで!? ほんと意味わかんない!」
「そんなことよりさ、丁度良いから僕もちょっと相談というか、報告があるんだけど……」
なんというマイペースっぷりだろうか。完全に柚のペースに振り回されっぱなしの咲奈は、頭が痛くなりつつも、そんなことはお構いなしで話を続けた柚の言葉に更に絶句することとなる。
「ほら、火葬場で行方不明になったさきお姉ちゃん。あれさ、なんというか、ついてきちゃったみたいなんだよね……」
「……は?」
「いや~、ついさっき家に帰ってみたら、玄関の真正面に座ってお出迎えしてくれたの。『おかえり!』って」
「いやいや、ちょっと待ってよ柚君。だってさっき、役目を果たしたから一足お先に天国行ったのかな~みたいな話になったじゃん!? なんで柚君についていっちゃってんの!?」
何でもないことのように言ってのける柚に、咲奈の頭はパンク寸前であった。
――時は、葬儀を無事に終え、柚が家に帰ってきた約二時間前に遡る。
「ただいま……。」
誰もいない部屋に向かって、いつものように呟く柚に対し、返事をする者がいた。
――おかえり。
明かりも付けず真っ暗な部屋の中、誰もいるはずの無い暗闇から声がしたことで慌てて電気のスイッチに手を伸ばし顔を上げた柚を出迎えたのは、玄関の縁にちょこんと腰掛けるように佇む一体の市松人形であった。
――今までは、みっちゃんが私を使って二人を護ってあげていたの。でも、みっちゃんは死んじゃったから。これからは、みっちゃんの代わりに私が二人を護ってあげるね。
そこで柚は、市松人形の「さきお姉ちゃん」の足元に、なんだか真新しく綺麗になった、見慣れた御守りが二つ並んでいることに気が付いた。
「ほら、今まではさきお姉ちゃんの力をばあが借りる形で、御守りを通じて僕らを護ってくれてたわけでしょ? これからは『さきお姉ちゃん』が『自分の意志で』、僕と咲奈さんを見守ってくれるみたい。あ、御守りもなんか綺麗になって返してくれたから、今度どっかで会った時に渡すね。言い忘れてたけど僕も咲奈さんと同じ大学に受かったから、入学式の日には会えるんじゃないかなぁ。じゃあ、そういうことで……」
「えっ? ……えっ!? ちょ、ほんとに電話切ったの!? マジであり得ないんですけど~!?」
なお、その直後、当たり前のように人形と御守り二つを抱えて撮った自撮り画像が柚より送られてきたことで、咲奈は再度そのあまりのマイペースっぷりに絶叫することになる。
死者の魂を呼び戻すことが出来る咲奈と、死者と生前の頃と同じように会話をすることが出来る柚。同じ大学に入学した二人は、その大学生活の中で様々な事件に巻き込まれながら、特異な力に目覚めた自分たちが今後どのように生きていくのかをゆっくりと考え、決めていくことになるのだが、それはまた別のお話。
自分で読み返してみてももうちょい何とか出来た気がしてしまう……
そのうち全面改訂してリベンジしたいと思うレベルではありますが、ここまで読んでくださってる人がいると思うので、ひとまずキリの良い所まで投稿しました。






