第一話 お人形のお姉ちゃん その8
「そっか。あたしはすっかり忘れちまってたけど、あんた達が覚えてくれていたんだねぇ。あたしも思い出したよ。このお人形さんの名前、母さんから聞いたことある?」
「うん。ばあは『さっちゃん』って呼んでた」
「『さきお姉ちゃん』とも呼んでいたのを覚えてます」
二人の返事を聞いて、叔母は優しく頷き、続けた。
「そう。このお人形さんの名前は『さき』。そして、この写真の右側の女の子の名前も『さき』。……どういう意味だかわかる?」
「このお人形が、お姉ちゃん?」
恐る恐る尋ねた咲奈に、叔母が「そうなの」と答える。
「母さんは末っ子で、下から2番目のお姉さんと比べても5つか6つ位歳が離れていたんだって。そのお姉さんからしたら、今までずっと自分が末っ子だったから、それはもう母さんをかわいがって、色んな所に手を引いて連れて行っては一緒に遊んでくれたんだって」
古ぼけた写真を指でなぞりながら、叔母は話を続けていく。
「でも、お姉さんは当時流行ってた病気か何かで死んじゃって……。それが確か母さんが4つか5つの頃だって言ってたから、この写真の1年後くらいかねぇ。母さんはそれはそれは悲しくて毎日泣いて暮らしてて、年上の兄さんたちにうるさいって怒られてたって」
そして、そんな泣いてばかりいた祖母を見かねたのか、ある日の晩、夢の中に『さきお姉ちゃん』が現れ、祖母に向かって言ったらしい。お姉ちゃんは、お姉ちゃんが大事にしてたあのお人形になって、ずっと見守ってるよ、と。
それ以来祖母は、大人になるまでこの人形を片時も手放さず、寝る時も布団に一緒にいれて生活していたのだとか。そして、姉からのおさがりで貰った着物やお手玉を、祖母はこの歳まで大事に大事に木箱に入れて保管していたのだ。
「あたしはそんなことこれっぽっちも信じちゃいないんだけどね、母さんはうっかり階段から落ちた時や、車に轢かれそうになった時、病気で寝込んでしまった時、いつだって『さきお姉ちゃん』が守ってくれたんだって、小さいころよくあたしに言ったもんだったよ。母さんに意地悪したり、いつまでも人形を連れまわしてることをからかった奴らにバチが当たったりしてね。そのせいで兄さんたちからは不気味がられてずっと独りぼっちだったって言ってたよ」
その叔母の言葉を聞いて、柚と咲奈は、やっと御守りの意味に気付くことが出来た。きっと祖母は、死後もなおずっと自分を護ってくれた姉に、自分の大事な孫二人を護ってくれるよう願掛けするために、大切な姉の形見の着物で御守りを縫ってくれたのだ。
そして、その願掛けをした祖母が亡くなった今、その願いも効力を使い果たし、『さきお姉ちゃん』もまた、眠りにつくために、二人から御守りを取り上げたのではないだろうか。
すっかり物言わぬただの人形と化した『さきお姉ちゃん』は、何も答えてはくれなかったけれど、柚も咲奈も、きっとそうに違いないという不思議な確信があった。
「それじゃあ、この写真と着物、あとお人形さんも、母さんの棺に入れてやろうかね。咲奈、それに柚。二人とも手伝ってくれるだろ?」
「もちろん!」
「わかりました」
いつの間にやら棺が用意され、白装束を纏っていた祖母の亡骸に、二人は祖母と『さきお姉ちゃん』との思い出の品々を、入れていくのであった。
その翌日。祖母を見送る式はつつがなく行われ、いよいよ火葬場へ向かう段になる頃には、柚も咲奈も、昨日の出来事は幻か何かだったのではないかとさえ思い始めてしまっていた。それほどまでに、変なことは何も起こらず、静かに式が進んでいったのだ。
強いて言えば、叔母は祖母の思い出話をする中で何か思う所があったのか、予定より仕事が長引き到着がすっかり夜になってしまった柚の母親に対してもそこまで露骨な嫌味を言うことはなく、身構えていた母の方がすっかり肩透かしを食らってしまうような状態であったことだろうか。
それに、祖母とその姉の話を叔母から聞かされた叔母の従兄弟に当たる親戚たちも、皆一様にしんみりとした空気になり、昔懐かしい思い出話に話を咲かせる、温かい夜となった。
最期の時こそ独りでひっそりと迎えた祖母ではあったが、近所には数多くの茶飲み友達がいたらしく、「山瀬の所のおばあさんが亡くなった」と聞いて数多くの人々がその死を悼み、別れを告げに来てくれた。
実は柚が気になっていた、真夜中にも関わらず、何故祖母が死んでいることが発覚し、あっという間に叔母の元までその知らせが入ったのかについては、お隣に住んでいるというおじいさんがその答えを教えてくれた。
異変に気付いたそのおじいさん曰く、「離れも含めた部屋中の電気がつけっぱなしになっていて、明らかに何かおかしいと胸騒ぎがして通報をしてくれたから」だそうだ。
電話で警察に通報し、後は待つのみと改めて離れに目をやった所、付いていたはずの明かりは消えてしまっていたらしい。そもそもしっかりと鍵がかかっていた離れの明かりを誰が付け、そして消したのかが不思議でしょうがない、とおじいさんはしきりに首を傾げていた。そして、お隣のおじいさんの家は、離れと隣り合わせになっており、離れに明かりがついていたからこそその異変に気付けたのだ、とも。
ただ、いよいよ祖母との最後の別れの時になり、ちょっとした事件が起こった。咲奈と二人、しっかりと棺に納めたはずの『さきお姉ちゃん』が、どこかへ行ってしまい、見つからなくなってしまったのだ。祖母の顔の横に並べたはずの人形が無くなっていることに、柚と咲奈以外の誰も違和感を覚えていないこともまた、二人にとっては不思議に思えることでった。
「ほんと、なんでいなくなっちゃったんだろうね、さきお姉ちゃん」
「役目を果たして、一足お先に天国に行ってばあを待ってるとか?」
柚と咲奈は二人、葬儀場の送迎バスに揺られながらこそこそと自分なりの意見を話し合った。
「幽霊って自力で天国に行けるものなの? そしたらお坊さんとかいらなくない?」
「その辺はよくわかんないけど。でも、天国に行ったさっちゃんを、ずっと寂しかったばあが呼び戻してただけなら、ばあが死んじゃってすぐ天国に戻っちゃうのもわからなくはないかなって。ほら、ばあも私たちに御守りをくれたみたいな不思議な力があったわけじゃない?」
そうさらっと言ってのける咲奈に、柚は素朴な疑問を返す。
「そんなこと、生きてる人間に出来るの?」
「……実は、うちのお母さんに憑いてる父方のおばあちゃん。あれ、私が『呼んじゃった』みたいなの」
「……へ?」
ここに来ていきなり凄い話をぶっこんできた咲奈に、柚は驚きを隠せなかった。




