第一話 お人形のお姉ちゃん その7
「よし、こんなもんね……」
「はぁ……。やっと押し入れを開けられるようになったね」
スッキリといった表情の咲奈と対照的に、疲れた表情を見せる柚。
「柚君、流石にちょっと体力なさすぎない?」
「そんなこと言われても……。僕、ずっと教室でひっそり目立たず過ごしてたから」
「いや、それは私も一緒なんですけど~……」
まあ、何はともあれ押し入れの襖を開く用意は整った。改めて市松人形を抱き上げた咲奈は、柚にこくんと頷き、開けるよう促した。
「よい……しょ……」
横着して襖の片面分だけしかスペースを確保しなかったせいで、何やら色々なものにふすまが引っかかる。引っかかった荷物をずらすという地味な作業に苦しめられつつも、やっとのことで人形が指し示していた襖を開くことに成功する。
「あら……? 部屋の中でさえこんだけごちゃごちゃだからちょっと覚悟してたけど、意外と中はすっきりしてるのね……」
「さきお姉ちゃん、僕たちに探してほしかったものはどれ?」
柚が咲奈の腕に抱かれる市松人形に問いかけると、またも、人形の腕はぷるぷると上がっていき、様々な箱の下敷きになっている一番下の木箱を指し示した。
「そんな気はしてたけど、やっぱりもう一仕事あったか……」
「柚君頑張れ~。ほら、襖の前狭いし私さっちゃん持ってるから」
「さっきはわざわざ置いてまで手伝ってくれたじゃないか」
「あれ~、そうだっけ? 私わかんない」
なんだかんだで咲奈も随分と余裕が出てきたようだ。軽くおどけてみせた咲奈に対し、反論するのも面倒になった柚は、大人しく一人で荷物をどかしていくことに決めた。
「もういいよ……」
再びの重労働の末、ようやく取り出せた木箱は、いわゆる段ボール箱より一回り小さい位の大きさをしており、そこまで重たさは感じなかった。部屋中が物だらけで足の踏み場もないため、一旦そのまま下まで運び、スペースが確保できる玄関先で開けることにした柚は、咲奈と共に階段を降り、玄関先まで戻ってきた。
「ここなら中身が何だったとしても広げられるよね……?」
「そうだね~。柚君が運んでるのを見た感じ、そんなに重たくはないんでしょ? 一体何が入ってるのかな」
長い間色々なものの下敷きになってしまっていたことで、ぴったりと密着してしまった蓋と格闘すること数分。やっとのことで開いたその木箱の中には、一枚の写真と、古ぼけてはいるが綺麗な朱色に花柄の模様をした子供用の着物、お手玉といった昔ながらの玩具の数々だった。
「この写真……。女の子が二人写ってる。」
「うん……」
写真に写る女の子は、小さい方の女の子が2~3歳、もう片方は7~8歳ほどだろうか。仲良く手を繋いで写るその姿は、姉妹のように見える。
「このうちの片っぽが、もしかしてばあ、なのかな?」
「かも知れない」
「さっちゃんは、この写真やお手玉を、ばあに備えて欲しかったの?」
咲奈が、恐る恐る腕の中の人形に問いかけると、人形は、コクンと頷いて見せた。
「この写真、ばあにとって大切なものだったのかな?」
柚が、再び人形に尋ねてみるが、もう人形は返事をする気配がない。
「なんだかさっちゃん、急に軽くなった気がする。私たちがこれを見つけたから、もう、動かないのかも」
言われてみると、確かに何というか、先ほどまで感じていた存在感のようなものが薄れている気がする。自分たちが役目を果たせたことで、人形もまた再び眠りに付けたのであればよかった。そう思いながら、写真の下に綺麗にたたまれていた着物に目を止めた柚は、その色や柄に見覚えがあることに気付いた。
「ねえ、咲奈さん。この着物、なんだか見覚え、ないかな?」
「えっ? ……言われてみると、なんだか見たことある気がする。……ねえ、この着物、袖の所がちょっと切れてる」
咲奈に言われて改めて着物を眺めてみると、確かに右と左で袖の長さが違っている。そして、切られた部分の幅は、柚たちにとってはとても見覚えのある大きさでもあった。
「ばあの御守り……」
「……うん。私もそう思う。私たちの御守りの生地、この着物から取ったんだ」
――それ、私のだから返してよ。
ついさっき、人形が柚たちに言った言葉が頭の中をよぎる。
「でも、さっちゃんの着物にしては大きいよね……?」
「うん。今さきお姉ちゃんが着てる着物より一回りも二回りも大きいと思う」
ならば、この人形の言う「私の」とはどういう意味なのだろうか。
「わかんないけど、とにかくこの箱ごと、ばあの所に持っていこっか」
「そうだね……あと、さきお姉ちゃんも」
結局、離れを出た頃にはすっかり日も暮れており、二人は咲奈の母親からこってりと叱られることとなってしまった。
「一体あんな場所に何時間もこもって何してたの! 声をかけようにもわざわざ鍵まで閉めきって! 窓に向かって外から何度も声をかけたのに返事もしないからまたどこか別の場所にふらふら遊びに行ったのかと思ったじゃないか!」
どうやら『さきお姉ちゃん』は、二人が写真を探し当てるまでの間外から邪魔が入らないように、色々と小細工をしていたらしい。烈火のごとく怒り続ける叔母の目を盗み、隣で正座する咲奈の膝の上にすまし顔で座る人形に対し恨みがましい視線を送る柚であったが、先ほどまでのアグレッシブさは嘘のように、人形は微動だにもしなかった。
「はあ……まあもういいわよ、全く。それで、二人して埃塗れにまでなって、一体何を大事そうに持って帰ってきたの? あそこ、お父さんの葬式の後に一通り整理して、要らないものを突っ込んであったから何かを探すとしても大変だったでしょうに……」
そう言うと叔母は、柚が脇に置いていた木箱をひょいと持ち上げ、蓋を開けた。
「随分古めかしい箱だねぇ……。こんな箱、私でも見覚えがないわ。……この写真。それに、この着物も……」
ハッとした表情で木箱の中身を次々と検分していく叔母に、柚はなんとなく口をついて出た言い訳を並べていく。
「えっと……。僕が昔、ばあに遊んでもらってた時に、押し入れの奥にあるこの箱を見て、ばあに何が入ってるのか聞いたんです。そしたらばあが、『私の大事な宝物が入ってるんだよ』って。それを思い出して、ばあの大事なものならちゃんと棺に入れてあげたいなって思って今までずっと探していたんです」
嘘ではない。恐らくその写真や着物は、祖母にとって何か大切な意味を持っているという確信はあった。
ただ、情報の出処が祖母本人ではなく、祖母が大切にしていた人形だったというだけである。
「それに、このお人形も。私たち、昔このお人形でばあによく遊んでもらってたから」
そう言って、咲奈も自分の母親に人形を差し出す。
叔母は、咲奈から人形を受け取るや否や、涙ぐみ、鼻声で話し出した。
次話の投稿は明日25時です。