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声がする方に  作者: ミスタードラゴン
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第一話 お人形のお姉ちゃん その5

 離れの中は不思議なほどに静かで、一歩足を踏み入れる度に埃と黴の混ざったような匂いが辺りに立ち込めていく。何年もの間、誰も足を踏み入れてないことが一目見てわかるその有様は、柚にとっては不思議と懐かしいものに感じる。


――ガタッ! ガチャガチャッ!


「えっ!? ちょっと柚君! なんで鍵なんてかけるの~! 早く開けてよ~!」


 いきなりの物音にハッと我に返った柚が振り返ると、引き戸の曇りガラス越しに咲奈が戸を引いてガチャガチャと音をさせているシルエットが浮かび上がっていた。

 慌てて言われた通り鍵を開けた柚を、咲奈はムッとした表情で見つめている。


「ね~、ああいう場面はさ、男の子ならさっと追いかけて来てくれるものじゃないの? ふつ~」


 どうやら、形見分けの品を物色し合う親戚たちに嫌気がさして飛び出した咲奈は、柚が追いかけて来てくれるのを律儀に待っていたらしい。


「私はさ、|廊下を出てすぐのところ(・・・・・・・・・・・)で待ってたのに、柚君がいつまで経っても出てこないから、おかしいなって思って中を覗いてみたらおっさん達が柚君は離れに行ったって! 私をほったらかすどころか、こそこそ隠れるみたいにわざわざ別の場所から行くことないじゃない! 離れに行くならあの廊下の掃き出しから出るのが一番近いのに……」


 何かがおかしい。柚はそう思った。柚は、咲奈を追いかけてすぐに廊下に飛び出したはずで、咲奈を探しているうちに、離れから声がして、咲奈が言っているまさにその掃き出しから離れに向かったのだ。

 現に、柚が履いているのは掃き出しから外に出る為に置かれていた祖母の小さいサンダルである。


「ちょっと待ってよ。僕は確かに咲奈さんを追いかけて廊下に出て、でも見つからなくて、その時に離れから声がした気がしたから……。今履いてるのだって掃き出しに置いてあったばあのサンダルだし」

「……えっ何、どういうこと? 変なこと言わないでよ。声がしたって何? それに、よく考えたらさ、柚君、鍵も持たずにどうやってここに入ったの?」


――鍵なんてされてなかった。


 そう言おうとして、柚はそれがどれだけおかしいことか気が付いた。この離れは、明らかに何年もの間、誰も足を踏み入れていない。そんな建物に、鍵がされていない等ということはあり得るのだろうか。

 そして、離れに入った柚は、鍵どころか引き戸そのものを締めた覚えがない。そもそも、なぜ柚は咲奈をほったらかしにしてまでこの離れまでやってきたのだろうか。


――こっちにおいで。


 そうだ、この声だ。この声が聞こえてきて、柚はなんだか妙にこの声のする方向が気になって、離れにやってきたのだ。声は、目の前の部屋ではなく二階に続く右手の階段から聞こえてきたように思える。こんな所にずっと一人なんて、きっと寂しい思いをしていたに違いない。早く迎えに行ってあげなければ。


「ねえ! 柚君ってば! 柚君ちょっとおかしいよ! さっきから私が質問してるのに、なんでそんなに上の空なの? ……ねえってば!」

 

 咲奈に肩を掴まれ揺さぶられた柚は、ムッとした表情で咲奈をにらみ返す。居心地の良い夢を見てまどろんでいた所をたたき起こされたかのような、そんな不愉快さといえばいいのだろうか。柚は、まだこの夢の中でまどろんでいたかった。


「なんで私のことそんな顔で睨むの!? ……柚君ほんとおかしいよ、怖いよ。……そうだっ!」


 ハッと思い出した咲奈は、ポケットに仕舞い込んでいたいた御守りをおもむろに取り出し、柚の顔に押し付けた。


「わっ!? もう、何するんだよ! ……って、あれ?」


 咲奈に御守りを押し付けられた瞬間、柚は自分の頭が急速に目覚めていくのを感じた。先ほどから何度も違和感を覚えていたはずなのに、さっきまでの自分は頭に靄がかかったように、その違和感がどうでもいいことのように思えてしまっていた。我に返ったことで、小さなサンダルに無理やり詰め込んでいた足が急に痛く感じ始めた柚は、もぞもぞとサンダルを脱ぎ、とはいえ周りは埃だらけで足を付けたくないため、とりあえず脱いだサンダルを踏んづけて足場にする。


「よかった……。やっと柚君が元に戻った……。やっぱり、ばあの御守りってすごいんだね。柚君もさ、リュックから早く御守り出した方がいいよ。それでさ、早くここ出ちゃお? ここ、絶対何かいる。なんだか怖いよ」


そう言うと、咲奈は、手に提げていた袋からスリッパを一つ取り出し、柚の足元に投げてよこす。


「ここ、絶対埃やばいと思ってたから持ってきたの。気が利くっしょ?」


 自分だって怖いはずなのに、無理やり笑って見せるのは、今日初めて自分は幽霊が見える側の人間だと気付いた柚への配慮だろうか。咲奈の気遣いに感謝しつつ、柚はスリッパに履き替え、リュックから御守りを取り出した。


――それ、返してよ。


 柚が御守りを取り出すや否や、またもや、そして今までで一番強く、小さな女の子の声が聞こえる。それも、今までのように遠くからではない。頭の中にガンガンと声が響き渡るような声に、柚は思わずしゃがみこんでしまった。


「何、この声……!?」


 見れば、咲奈もまた頭を抱えてしゃがみこんでいる。その顔は唇まで真っ青で、ガタガタと震えている。思わず柚は咲奈のその背中を抱きしめ、自身の怖さを紛らわせるかのようにその背中を擦った。


――それ、私のだから返してよ。


 もう一度、強く鳴り響いたその声が前から聞こえたような気がした柚が、顔を上げてみると、そこには、一体の市松人形が立っていた。


「私のって何!? 私たち、何も持ってないよ!」


 半ばパニックになった咲奈が叫ぶその手には、祖母から貰った御守りが強く握りしめられている。柚もまたその御守りを握り締め、必死で目の前の恐怖に抗っていたのだが。


「……あ、熱っ!」


 柚が握り締めた御守りは、急にあり得ない程の熱を帯び始める。火傷してしまうのではないかと思う程の温度になった御守りが、柚の手をじりじりと焦がし始める。思わず投げるように手放してしまったその先を見てみると、宙に舞う御守りは二つ。どうやら柚と同じように、咲奈もまた御守りを手放してしまったようだった。

宙を舞う御守りは、何故か二つとも同じ軌道で市松人形の方へ吸い込まれるように消えていく。そして、その吸い込まれていった御守りが、消えてしまうその瞬間に黒く焦げたように変色したのを、柚はぼんやりと眺めていた。


――これは元々、私の物だから。ごめんね。


 今度は、今までと違いとても穏やかで、本当に申し訳なさが伝わるような声色だった。その声の主が目の前にある人形だと確信した柚が、改めてその人形をじっくり観察してみると、なんだか見覚えのある人形のような気がしてくる。


「……この人形、ばあが持ってた奴だ。小さいころばあと一緒に遊んだ人形だ」


 その言葉を聞いて、今までずっと柚に背中を抱きかかえられたまま、目を瞑って震えていた咲奈も顔を上げる。


「え……? 人形……?」

「ほら、咲奈さんは見覚えない? 僕はこの人形で昔よくばあに遊んでもらったんだけど」


 さっきまでの恐怖はどこへやら。懐かしさがこみあげてきた柚を、咲奈はまるで理解が出来ないという表情で見ている。


「いや、確かにばあの人形に見えるけど……。それより、さっき明らかにこの人形しゃべったよね!? 私たちから御守り取り上げたよね!? なんで柚君もう平気な顔して人形観察してるのっ!?」

「いや、だってもうこの人形から怖い感じ、しないし」


 信じられないといった表情で柚を眺める咲奈をほったらかしにして、柚は玄関に上がり込み、人形の方へ歩いていく。

 先ほどのような明らかに異常な様子ではなく、しっかりとした本人の意思があるように見えるにも関わらず、人形に近寄りしげしげと観察している柚を、咲奈は唖然とした表情で眺めることしか出来なかった。

夢の中で、学校にいました。

懐かしい友人たちといつも通りくっちゃべったり、遊んだり。

その中に1人、どうしても名前を思い出せない人が混ざっていて、どうしてもその人の名前が何だったか気になって気になってしょうがなかったのですが、結局夢の中で思い出すことができないまま、目覚めてしまいました。


目覚めてから、そんな友人存在しなかったことに気付きました。

もしこれが幽霊の仕業なら、その幽霊は私の思い出の中に入り込んで、何がしたかったのでしょうか。


次話の投稿は明日25時です。


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