第一話 お人形のお姉ちゃん その3
「結局ファミレスか~。ここも一応東京とはいえ、何もない外れだもんねぇ」
「田舎……ってほどじゃないけど、なんとなくばあの家はそういう昔ながらって感じがするよね」
結局駅についてしばらく周囲をうろうろしてみたものの、これといって丁度良い店が見つからなかった二人は、結局最初に柚が見つけていたファミレスに腰を落ち着かせることとなった。
「出る前からお腹空いてたのにいっぱい歩いたからもう限界! ねえねえ柚君は何食べる? お互い一個ずつ何か頼んでさ、それとは別にポテト頼んで半分こしようよ」
「……親戚の人たちが集まってお寿司来たら、つまみ食い出来る分くらいの余裕は残しとくって言ってなかったっけ?」
「え~? 確かにそう言ったけどさぁ、だってもうお腹ぺこぺこだもん! もう注文決まったよね? ボタン押しちゃうね~」
「いや、ちょっと待っ……。まあいいや店員さんが来るまでに決めるよ」
強引に話を進める所は母親ゆずりなのか、とついつい訊いてみたくなってしまうが、間違いなく藪蛇になるのでぐっと堪え、あっという間にやってきた店員に適当に目に留まったメニューを指さしてオーダーした柚は、ドリンクバーを取りに行くため立ち上がった。
「あ、私メロンソーダ! なかったら何かてきとーに炭酸でよろしく~」
やっぱり親譲りだな。柚はそう確信した。
なんとなく無言のまま、互いにただただジュースを飲むことでその場をやり過ごすこと数分。幸い程なく運ばれてきた料理を前に、柚はそのまま黙々と食事に集中するフリを決め込むことでその場をやり過ごすことに決めた。
しかし、こうして黙々とハンバーグを口に運びながら冷静に考えてみると、つい今しがたまで、ぐいぐいああだこうだと一方的に話しかけてきた咲奈がこうして何も言わず柚と同じように黙々とジュースを飲み、料理を口に運んでいるのは少しおかしい気がする。
そんな違和感を覚えた柚が、ふと顔を上げて咲奈の方を見てみると、咲奈が全然手も口も動かさないまま、何か言いたげに柚をじっと見つめていたことに気付いた。
「ねえ、柚君もさ。」
目が合ったことが最後の一押しになったのだろうか。咲奈は突然、今までとは打って変わって恐る恐るといった様子で柚に話しかける。
「……柚君も、ばあから御守り、貰ったことある?」
――御守り。
そう言われた柚は、自分が祖母から貰った御守りを思い出し、脇に置いていたリュックから御守りを取り出した。
「あ! やっぱり柚君も同じの持ってた~! ほら、私も」
咲奈もまた、ごそごそと財布から柚の物と同じ、赤の下地に花柄があしらわれた生地でできた祖母お手製の御守りを出してみせると、柚の御守りを手に取り、机の上に二つ並べて置く。
「あはっ! お揃いだね」
「お揃い……。そう言われてみれば、お揃いか」
今まで何の気なしに持っていた御守りが、急に小恥ずかしいものに見えてきた柚とは対照的に、咲奈は妙に嬉しそうに二つ並んだ御守りを見つめている。
元々ほとんど顔も合わせたことが無いような従兄弟とお揃いの物を持っていたことが、そんなにも嬉しいことなのだろうか。そもそも同年代の女子に免疫が無さ過ぎる柚は、嬉しそうな咲奈の笑顔を見て、否応なしに胸の鼓動が高まり、顔が熱くなっていくのを感じていた。
「ねえ、柚君。柚君もこの御守りを貰ったってことはさ」
――幽霊、見えるんだよね?
恐る恐る、それでもはっきりと確信を持った表情でそう尋ねた咲奈は、今までになく真剣に、じっと柚の瞳を見つめていた。
「え……?」
「隠さなくていいんだよ~? 私も一緒だし。ばあが言ってたもんね、幽霊は見える人の方へ寄って来る。どこからナニに見られてるかわからないんだから、自分が見える側の人間だって言い触らすなって。でも、私たちいとこ同士なわけだし、こうしてお揃いの魔除けの御守りも持ってるわけだしさ? 隠す必要なくない?」
困惑し黙り込んでしまった柚の様子を肯定と受け取ったのか、咲奈は堰を切るかのように言葉を続けていく。
「私さ~、小学校の頃からみんなが見えてないモノを見て怖がってばかりだったから不気味がられちゃって。真面目な学校だったから髪も真っ黒だったし、しゃべる相手もいなかったからずっと黙ってばっかだったし、余計に暗く見えたんだろうね~。まあみんながどうでもいいことで笑ってる間に勉強してたおかげで中教大受かったし、これからはもっと明るくなんなきゃ! って思って思い切ってこうやって髪の毛も染めてみたりしてさ。どうどう? 柚君から見て私のこの髪、似合ってると思う? そういえば中教大って柚君のお家の近くじゃない? 柚君は大学どこ受かったの?」
仲間を見つけたとばかりに高揚して、矢継ぎ早に次々と質問を投げかけてくる咲奈に柚は目を白黒させながら、こんなに喜ばせてしまって申し訳ないと思いつつ、はっきりと誤解であることを伝えることにした。
「いや、その……。ぬか喜びさせちゃって本当に申し訳ないんだけど。僕、幽霊なんて見たこと無いよ」
がっかりさせてしまっただろうか。申し訳なさでいっぱいになりながらそう告げた柚が、恐る恐る咲奈の様子を伺うと、予想に反して咲奈はまだ笑ったままである。
「またまた~! 柚君ってば徹底的に隠したい人なんだね。ばあが御守りをあげるのは幽霊が見える人だけだって言ってたよ?」
「いや、そんなのたまたまかも知れないし。それこそほら、二人いる孫のうち、一人にしか御守りをあげないっていうのもなんだか変じゃないか」
「まあそれはそうかもしれないけどさ~。でも……」
――柚君、さっき私の死んだおばあちゃん、見えてたよね?
咲奈は、先ほどと変わらぬ笑顔で右手で摘まんだポテトを振りながら、柚に言った。
「死んだおばあちゃん……? ばあの幽霊がいたってこと?」
「違うよ~。ばあじゃなくて、私のお父さんの方のおばあちゃん。さっき柚君がお母さんに怒られてるとこ、陰から見てたんだけど、その後うちのおばあちゃんが柚君にごめんねって顔で謝ってたでしょ? 柚君も会釈してたじゃない」
何でもないことのように語る咲奈の言葉に、柚は唖然としてしまうが、咲奈はそんなことはお構いなしに話を進めていく。
「私だってこんなこと、確信が持てなかったら訊けないよ~。隠してたかったのはわかるんだけど、バレちゃったんだからいいじゃん。ほら、私も見えるわけだし、いとこ同士だし、お揃いの御守りも持ってるし、いじめたり気持ち悪がったりなんてお互いできないでしょ、ね?」
「ちょっと待ってよ……。さっき、僕が叔母さんに怒られた後に挨拶した人が、幽霊……?」
柚の脳裏に、老婆が言っていた言葉が蘇る。
――最近はもう全然私の話に聞く耳を持ってくれなくてね。
――こんなんじゃいつまで経っても放っておけないじゃないか。
「そんな、あのお婆さんが幽霊だなんて……。だって、幽霊ってもっと怖いっていうか、なんというか」
少なくともあのお婆さんは、全然怖いと思わなかった。叔母の事を心から心配して、小言を言って回るお節介な老婆にしか見えなかったのだ。
「……柚君、もしかして幽霊とそうでない人の区別が付かないの?」
その言葉にハッとさせられた柚は、今の今まで完全に忘れ去っていた、祖母から言われた言葉を思い出すのだった。
貴方も、自分で気が付いていないだけで見える側だったらどうしますか?
丁度今のようなお盆の季節は、気を付けて下さいね。
向こうは、話し相手に飢えていますから。