第一話 お人形のお姉ちゃん その2
既にもう、異常は起き始めている。
「何よ、そんなにじろじろ見て。これ? この制服の事? ……仕方ないじゃない! 確かにもう来週には大学生だけど、今から喪服なんて準備できないしこれでいいでしょってお母さんが無理やり着せたの!」
卒業したてとはいえ、もう高校生でもないのに制服を着るというのはやはり気恥ずかしいものがある。柚もまた母親に制服で良いだろうと言われ流されるままに制服でやってきた被害者なので、その気持ちはよくわかった。
「いや、そういうのじゃなくって……。それに、僕も高校卒業したばっかりで、いきなりだったから制服着てるだけで同い年だよ。いきなり話しかけてくるからびっくりしちゃっただけだよ」
「へ? 私が部屋に入るや否や君がいきなり振り返ったんでしょ? 邪魔しないようにって思ってそーっと入ったのに凄い勢いで振り向くからびっくりしちゃったんじゃない」
そんなことを言いながら、少女は柚の隣に座り、柚が握っていた祖母の手に自分の手を重ねながら、柚に話しかけてきた。
「君、柚君でしょ? 私、咲奈。君のお父さんのお葬式で挨拶した時以来だよね。……って言っても柚君の方はばたばたしてたし覚えてないかも知れないけど。さっきはお母さんがごめんね? 元からあんな人の上、いきなりのことだったから余計に不機嫌になっちゃって。実の母親が死んじゃったっていうのにお母さんあの調子だから、なんだか私、取り残されちゃった気持ちになってたの。だから、柚君が泣いてるのを見て、ちょっとだけ安心しちゃった」
そう言えばそんな名前の同い年の従姉妹がいるという話を昔母から聞いたことがあったような気がしないでもない。幼いころに交通事故で亡くなった父の姉に当たるのが先ほどの猛烈な勢いの叔母で、その一人娘の名前が確か咲奈だった。そこで改めて目の前の少女の顔を見てみると、その特徴的な目は今目の前で眠っている祖母や、もう写真を見ることでしか顔を思い出せない亡き父によく似ている気がした。
当の柚自体は母親似のややきつめの印象を受けるくっきりとした目をしているため、咲奈とは似ても似つかない顔立ちをしているのだが。
「咲奈、さんか。うん、名前だけは母さんから聞いたことがあるよ。うちの母さんもさ、ぎりぎり制服で済ませられるタイミングでよかったじゃないとか言ってさ。悲しむ暇も無いまま慌ててここまで来させられたから、こうしてばあの顔を見て初めて、ほんとに死んじゃったんだなって」
「あははっ! ね、やっぱり『おばあちゃん』とかじゃなくて『ばあ』になるよね。ばあが自分のこと『ばあ』って呼ぶから、私も小さいころからずっと『ばあ』のまま。お友達がみんな、普通はおばあちゃんとかバーバだよって教えてくれた時はびっくりしたもん」
「僕も小学校の時笑われた。『ばあ』ってなんだよって。……でもしょうがないよね? ばあはばあだもん。」
「そうそう! ばあはばあだよね。私も、父方のおばあちゃんは普通におばあちゃんって呼んでるのに、なんでかわかんないけど、ばあはばあ以外なんて呼んだらいいかわかんないや」
そんなことを言って二人で笑い合っていると、ほんのちょっとだけ悲しさを忘れられた気がして、柚は身体が軽くなったように思えた。そして、そこで初めて、ばあの手を間に挟みつつも、咲奈とずっと手を触れあったままおしゃべりをしていたことに気付き、慌てて手を引っ込めてしまった。
いきなり手を引っ込めたことに驚いた咲奈も、一瞬遅れてその意味に気付き、ほんのり顔を赤らめさせながらも、最後にもう一度だけ、祖母の手を愛おしそうに撫で、布団の中に戻すと、赤くなった顔を隠すように伏せたまま、柚に言った。
「ねえ、どうせ柚君もお昼まだでしょ? どうせ今日は一日こうしてこの家にいなきゃいけないわけだし、お昼くらい二人でどこかに食べに行かない? お母さんはもうちょっとしたら他の親戚の人がどんどんやって来るから、それに合わせてまとめてお寿司でも取るって言ってたんだけど、今日は陽も出てないうちにお母さんにたたき起こされて、朝ごはんも食べずに飛び出してきたからお腹すいちゃって」
少なめにしておけば、親戚が集まった後にちょこちょこと余ったお寿司もつまめるし、等と恥ずかしさを隠すようにわざとらしく茶目っ気たっぷりに笑った咲奈の言葉に、柚もまた今日はまだ何も食べておらず、酷くお腹を空かせていることに気付く。咲奈と違って柚の場合は朝ごはんを食べないのが平常運転ではあるのだが。
「そうだね、僕もちょっとお腹空いたや。でも大丈夫なの? 一応僕は母さんから叔母さんを手伝うようにって言われて早めに来たから、それでまた後で何か言われたりとかしたらちょっと嫌だな」
「いいのいいの。どうせあの人何してたって嫌味言うんだから。じゃあ決まりね! ……おかあさーん! 私柚君とちょっと外でご飯食べてくるから! 食べたらすぐ戻るねー!」
「えっ!? ちょっ……!」
そう言うや否や、返事も待たずに咲奈は柚の手を引いて家を飛び出した。部屋の奥から何やら凄まじい怒鳴り声が聞こえた気がするのだが、本当に良かったのだろうか。
そんな一抹の不安を抱えながらも、実際柚は柚でこの後母が到着するまでどこで何をしていればいいのかわからなかったのも事実であり、こうして咲奈が外に連れ出してくれたことでほっとしている自分がいた。
「いや~、ごめんねぇ? 柚君をダシに使っちゃって」
「……まあいいよ。どの道僕もあのままずっとあそこにいても何してればいいかわかんなかったし」
「ほんとそうなんだよね~。私も『良いから一緒に来て手伝え』って言われたんだけどさ? いざ着いてみたら私のことなんてほったらかし。精々がお母さんの言われた通りに物を運んだり、ばあの部屋を片付けた位? ……って言ってもばあの部屋全然散らかってなんかいなかったから、ほんとお通夜用にばあを寝かせてあげる場所が確保できるかどうか確認しただけで私の役目はおしまい。それで後は『その辺で待ってろ!』だよ? ほんと信じらんない」
どうやら母親の横暴に振り回されげっそりしていたのは咲奈も同じのようであった。
「僕も似たようなもんだよ。母さんからいきなり電話がかかってきてさ、キンキン声でまくし立てられて慌ててばあの家に来てみたら、今度は……えっと、さ、咲奈さんの叔母さんにも怒られて……」
内気で学校でもひっそり誰とも話さずに過ごすことの多い柚にとっては、従姉妹とはいえ今まで顔を合わせたことのない女の子を下の名前で呼ぶのは余りにもハードルが高い。
しかし、親戚を相手に苗字で呼ぶというのも変な話なわけで、自分の顔がカッと熱くなる感覚に耐えながらも、消え入りそうな声でなんとか名前を口に出す柚を、咲奈は不思議そうな表情で見つめている。
「ああ、別に遠慮しなくていいよ? 私もお母さんのああいうとこ、嫌いだから。私にだって最近はいっつもあんな感じでさ。でも柚君にまであんな言い方するとは思ってなかったなぁ。やっぱり柚君のお母さんとうちのお母さん、めちゃくちゃ仲悪いんだね」
「はは……。そうみたいだね」
口ごもったのは咲奈の母親を悪く言うことが憚られたからという訳ではないのだが、そういう風に勘違いしてくれたならそれはそれで都合が良かったので、柚は特に否定することなく笑ってごまかした。
「それでさ、柚君はこの辺どこに行ったら食べるとこがあるか知ってる? 私、ここまで車で来てその間ずっと寝てたから全然わかんなくて」
「僕もここに来たの久しぶりだしよくわかってないんだけど、駅の周りにファミレスがあったから、とりあえず駅まで行かない? 他に良さそうなお店があればそれでもいいしさ、ないならないでファミレス入れば良いから」
「あ、それいいね~。じゃあ柚君! エスコートよろしく」
「え、エスコートって……」
一々柚が恥ずかしがる様子を明らかに楽しみだしたように見える咲奈に、何か言い返してやりたいと思わないでもない柚ではあったが、何と言い返せばいいかがわからない。結局、黙って咲奈の前を歩くことしか出来なかった。
次話の投稿は明日25時です。
皆さま良い丑三つ時をお過ごしください。
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