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声がする方に  作者: ミスタードラゴン
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第一話 お人形のお姉ちゃん その1

第一話に相当する部分を、本日より毎日深夜1時に投稿していきます。

霊が現世に舞い戻るお盆の夜に、是非おたのしみください。

――祖母が死んだ。


 (ゆず)がその知らせを聞いたのは、大学の入学式を目前とした3月の末のことであった。


「――ちゃんと聞いてる? 繰り返しになるけど、あんたの方がお義母さんの家に近いんだから、さっさと準備して先に向かってちょうだい。まだあんたはぎりぎり高校生なんだから、制服着るだけなんだし楽なもんでしょ? 私なんて直行しなきゃ間に合わないのに、喪服じゃなかったらあいつらに何言われるかわかったもんじゃないから今から喪服も何も全部こっちで揃えなきゃいけないのよ! ……あ、そうそう黒ネクタイだけあの人のクローゼットのどこかにまだあると思うから、忘れずに持って行きなさい。私は今の仕事終わらせたらすぐ向かうから。ああ、香典は私が持って行くって忘れずに言うのよ。」


 突然の知らせに悲しむ余韻も与えてもらえないまま、せめて金曜ではなく週の半ばに逝ってくれればまだ準備の時間が取れただの、よりによって年度末に死ななくてもだの、母は言いたいことを延々と一方的にまくし立てている。柚は、音質の悪いキンキン声で頭が痛くならないように手慣れた様子で少し耳を離して母の愚痴を聞き流しながら、ぼんやりと、祖母はどんな表情で笑う人だっただろうかと思い出していた。



――柚ちゃん。(ばあ)が生きている間は婆が守ってやる。でも、きっと婆は柚ちゃんが大人になる頃には死んじまう。そうなったら柚ちゃんは自分で生きてかなきゃいけない。でも大丈夫。その頃には柚ちゃんはきっと立派になって、ちゃあんと一人で生きていけるようになってるよ。婆は、そう信じてるよ。


 最後に会ったのは小学校の頃だっただろうか。顔さえぼんやりとしか思い出せなくなっているのに、何故か柚は3つか4つの頃に祖母の膝の上で言われたこの言葉だけは、今でもありありと思い起こすことが出来た。

 その時一緒に手渡された祖母の手製の御守りは、言われた通り今もなお肌身離さず持ち歩くようにしている。綺麗な色をした布で縫われたその御守りは、手作りの割にはしっかりした作りをしている。中学高校と指定の鞄に括り付けられている間にだいぶくたびれてしまってはいたが、それでも柚は大事に持ち歩くと決めており、現に大学へ通う為に買った真新しい鞄の肩にかけるベルトの付け根に付け替えたばかりであった。


 なんとなく新品の鞄で祖母の家に向かうことが憚られた柚は、使い古したくたびれたリュックに黒のネクタイや着替え一式、そして祖母からもらった御守りを無造作に突っ込むと、まだ少し冷たさを感じる、爽やかな春の風を肌で感じながら駅に向かった。


「それで、慌てて来たって話にしちゃ随分ゆっくり来たんだねぇ。朝一で向かったっていう割にはもうすっかりお昼。一番忙しい時が終わってから来る辺り、あんたもやっぱりあの女の息子だねぇ」


 祖母の家に着いた柚を待っていたのは、叔母からの隠しもしない嫌味の言葉の嵐だった。


「そもそもさ、うちなんかよりあんたんちの方がよっぽどここから近いんだ。本当はあんた達が真っ先に駆けつけて坊さんや葬儀場の手配をしなきゃならない所を、このあたしがやってやってるっていうのに、まだお礼の一つも無いってどういうことなんだい、全く……」


 そもそも母から電話で祖母の訃報を知らされたのが今朝10時のことである。それから言われた通り大急ぎで支度をして家を飛び出したのが10時半。現在の時刻は11時半を少し回った所であることを考えると、むしろかなり早く着いた部類に入るのではないだろうか。そもそも叔母の住む家は祖母の家を挟んで丁度真逆の位置にあるというだけで、柚の家の方が近いと言ってもそれは20分かそこらの違いである。

 嫌味を聞き流しつつ、内心でそんなことを考えている柚ではあったが、この手の女性を相手にここで口答えをすると、嫌味が10倍にも100倍にもなって返って来ることを経験的に熟知していた為、敢えて口を挟むことはせず、ただただ申し訳なさそうな表情を浮かべ反省した風を装って時が経つのを待っていた。


「で? いつまで突っ立ってんだい。ほら」


 ひとしきり文句を言い切った叔母は、さも当然という顔で柚に向かって右手を突き出した。


「ぼさっとしてんじゃないよ。あたしは忙しいんだ。あの女に言われて持ってきてるんだろ? さっさと香典を出すんだよ」

「いや、香典は母が準備をして後から持ってくるとの事でしたので……。僕はとにかく早く向かって叔母さん達の手伝いをするようにと」

「なんだいそういうことはもっと早く言うんだよ! 全く使えない! あたしがこのばたばたしてる中でなんの為にわざわざあんたを玄関まで出迎えてやったと思ってるんだ! そうやって人を馬鹿にするんじゃないよ全く! 親が親なら子は子だねっ!」


 そう吐き捨てると叔母は、玄関まで迎えに来た時と同じようにどすどすと床を踏み鳴らしながら奥へと消えていく。

 たった数分の間にげっそりとしてしまった柚は、それでも後からまた文句を言われるよりはましだと、意を決して口を開き、部屋の奥に消えてしまった叔母に大声で話しかける。


「あのっ! それで僕は何を手伝えばいいんでしょうか!」

「そんな大声出さなくても聞こえるんだよっ! 一々癇に障る奴だねぇ! あんたみたいなガキに手伝えることなんてないんだ! わかったらさっさと母さんの顔でも見て後はそこらで大人しくしてるんだね!」


 それなら何でわざわざ母に、自分が遅くなるなら柚だけでもなるべく早く来るようにだなんて言いつけたのだろうか。そして、母も母でなんで自分にだけこんな面倒な役回りを押し付けたのだろうか。

 そんなことを思いながら、柚はそこでようやく靴を脱ぎ、久々の祖母の家に足を踏み入れた。


「ごめんなさいねぇ。あの子、本当は悪い子じゃないんだけど、ちょっと人に厳しい所があってねぇ。」


 急に後ろから話しかけられた柚が驚いて後ろを振り向いてみると、そこには小柄ではあるが背筋がしっかりと伸びた、いかにも着物が似合いそうな老婆が居た。


「私がいつもいつも、もっと周りの人に気を配って、優しくするようにって言い聞かせてはいるんだけど、最近はもう全然私の話に聞く耳を持ってくれなくてね。今だってほら、こんな老婆をほったらかして一人でずんずんと行っちゃったでしょう? 本当に困ったものだよ。こんなんじゃいつまで経っても放っておけないじゃないか」


 そう言って老婆は、静々と足音も立てずに叔母が消えていった廊下の先へ、叔母を追いかけるように歩いていく。


「そうそう、貴方のおばあ様は寝室にいらっしゃるわよ。場所はわかる? ほら、こっちの部屋に入って突き当りだから」


 最後に、思い出したかのように柚に祖母の眠る部屋を教えてくれた老婆に、柚は軽く会釈で返事をすると、老婆もまた柔和な笑みを浮かべて頭を下げ、そのまま奥の部屋へと消えていった。


 久しぶりに見る祖母の家は、中学高校の間にそこまで急激に身長が伸びた訳でもない柚からしても、不思議と全てが小さくこじんまりとしているように見える。こうして柚や叔母がいることで、むしろ普段より人が多いはずなのに、妙にがらんとした寒々しさを感じるのは、やはりその主たる祖母の姿が見えないからだろうか。


 老婆に言われた通り、昔祖母と一緒にかくれんぼをして遊んだ部屋を抜け、ふすまを開く。そこには、顔に白い布を被されて敷かれた布団に横たわる祖母の姿があった。


 久しぶりに見た祖母は、柚が思い描いていた姿よりも一回りも二回りも小さかった。柚は、特に何を思うでもなく顔に被された白い布をどかし、久しぶりに祖母の顔と対面した。安らかに眠る祖母の顔を見た瞬間、柚はここまで来る間ずっと思い出そうとしてもぼやけたままだった祖母のしわくちゃの笑顔を思い出すことができ、初めて涙を流すことが出来た。


――ねえ、こっちにおいで?


 どれくらいの間、そうしていたのだろうか。時間の感覚を忘れて、冷たくなってしまった祖母の手を握りながら黙とうを捧げていた柚は、背後から聞こえてきた声でハッと我に返り、飛びのくようにして振り向いた。


「わわっ! 何よいきなり、びっくりさせないでよね!」


 それは、柚と同じように制服を身に纏った少女であった。明るめの茶髪は肩まで真っすぐと降ろされていて、その髪色に反して非常に真面目で落ち着いた印象を受ける。眠そうな野暮ったい目は、よく見ると二重になっており、その奥には不思議な光を湛えた黒々とした瞳が見える。

 小振りでつんとした鼻や薄めだがぷっくらとした唇は、どれも自己主張が乏しく、なんとなく影の薄い、どこにでもいそうな目立たない女子という失礼極まりない印象を覚えた柚であったが、不思議と嫌いな顔ではないな、とも思っていた。

アホ丸出しのオリジナルハイファンタジー作品、『一発逆転!ドルカちゃん!』もよろしくお願いいたします。


http://ncode.syosetu.com/n1513ed/

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