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少し離れた所に座る彼の姿を見て、翠の言葉に今度はちゃんと同意する。決して派手ではないが、端正で綺麗な顔立ちは当時のままで、その面影を残しながらも年数分の重みや深みもちゃんと加わり、前にも増して洗練されて素敵になっていると素直に思った。
同窓会に行くのが楽しみであった理由が彼なら、不安に思う理由もやはり彼だった。
また彼に会える。それは楽しみであったが、同時にもし来なかったから、会えたとしてもがっかりするような姿になってたらという不安な気持ちもあった。でも、今日の彼を見てその不安は一瞬で消え去った。学校の前で写真を撮った時真横にいた彼は、当時私が恋をした時の彼から、全く何も失われてはいなかった。
翠が私に九条君の事を口にしたのは、当時の私の気持ちを知る唯一の存在だったからだ。あの頃、私は自分の気持ちをどうしていいか分からず、一人で抱えるのも苦しく、でもそれを彼自身にぶつける勇気もなくて翠によく話を聞いてもらったものだ。
「美咲、結局彼に伝えなかったもんね」
「ちょっともうやめてよ恥ずかしいから!」
「ごめんごめん」
言いながら全く悪びれる様子もなく、笑いながら翠はグラスのビールを傾けた。
顔がまたかあっと熱くなる。そうだ。結局私は彼に想いを伝えることなく終わってしまった。私は自分の気持ちをどうする事も出来なかった歯痒さやもどかしさで、行き場をなくした感情を当時は涙で吐き出す事しか出来ず、そんな私を翠は優しく慰めてくれた。だが、何も出来なかったというあの時の後悔は、いまだに私の心の隅に残っている。彼の姿を見ていると、全てがあの頃の自分に戻りそうで、なんだかまた泣きたくなってきた。
――私はまた、繰り返すのだろうか。
ここに来た理由は何だったのか。彼と少しでも、また話したいと思ったからじゃないのか。でも、彼の姿を見て幻滅する事はなくても、諦めに似た大きな不安も生じた。あれだけ素敵なら、もう私の入る余地などどこにもないのだろうなと。そう思うと、彼に話しかける事自体が無意味に思えてくる。そんな事をしても自分の気持ちに傷がつくだけじゃないのか。
そういえば、昔もこんな事をぐるぐる考えて、結局ちゃんと伝えられなかった。
滑稽だ。大人になってクールだなんて言われたりもするけど、結局私は何にも変わってないじゃないか。こんな私を見たら、真紀はきっとがっかりするだろう。
「じゃあじゃあ、一次会は一旦ここで終わりでーす! みんな忙しい中本当にありがとうね! で、こっからは二次会で自由参加だけど、せっかくの機会だから皆残ってくれると嬉しいな!」
しかし結局、私は飲み会で九条君に話しかける事は出来なかった。飲み屋を出て、外でがやがやとしている皆の中で、私の気持ちは焦りながらも動き出せずにいた。
情けなくなる。こういう所の不器用さは変わらず当時のままだ。何の成長もない。
――いいの? このままで。
良くない。良くないぐらい分かってる。でも、地団駄を踏むばかりで足は一歩も前に出なかった。
二次会はきっと皆行くだろうが、彼が参加するかどうかは分からない。ひょっとしたらもうここで本当に終わりかもしれない。そう思った瞬間、更に焦りが押し寄せて来る。いくらでも話しかけるチャンスはあったのに、私は一切動けなかった。
――また後悔を残すの?
駄目だ。それじゃ駄目だ。
私は今日どうしてここに来た。皆と会うため。もちろんそうだ。皆に会いたかった。その気持ちに一切の偽りはない。でもその更に奥の本音。
それは彼に会いたかったら。彼とまた話したかったからじゃなかったか。今を逃せば、きっと彼に会うチャンスなど当分来ないだろう。冷静でいられないのは酔いのせいか、彼のせいか。無駄な思考をまた始めてしまいそうになる。
――あーもう。いい加減にしろ私。
ふうっと息を大きく吐き出す。九条君の方を見ると、彼は一人で携帯をいじっていた。声をかけるならもう今しかない。
「……よし」
小さく意気込み、私はようやく踏み出した。