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居酒屋に行く事ぐらいたまにはあるが、これだけの大人数で騒がしくするのは会社での飲み会ぐらいだ。
息苦しくて苦痛で、何ら楽しみなどない苦行の時間。一秒でも早く帰りたいと思うあのっ苦痛な時間は今の私に一切なく、一秒でも長くこの楽しい時間が続いて欲しいとすら思う。
同じ空間でも誰と過ごすかでこんなにも違う。大いに盛り上がる級友達との飲み会の中で、私は年甲斐もなくはしゃいでいた。後で思い返した時、冷静になった自分が今の私を見たらどう思うだろう。日頃温度の低い私からすれば相当に恥ずかしい姿をさらしているのは間違いないが、そんな事も気にならない程に私は皆との時間を心の底から楽しんでいた。
互いの今を話していく内に、自然と結婚の話へと話題は流れていった。
結局どこに行ってもこの話題は避けられない。自分には一切そういう相手もいないので当然予定なんてものもない。幸福偏差値の低い私にとって縁のないテーマだが、これは仕方のない事だ。それに、皆の幸せな話なら聞いているこちらも幸せでいられる。
菊池のような見ていて痛々しい幸せとは違う。心から良かったねと言える幸せだ。そして結婚しているメンバーはいないのかという話になった時、
「実は俺、結婚するんだ」
唐突にそう言ったのはおぎっくだった。
驚きの声があがる中、私にしてみればそこまでの驚きでもなかった。むしろ当然だとすら思った。おぎっく程優秀で人の事を考えて動ける男なら、ついて行きたいと思う女性などいくらでもいるだろう。だが更なる驚きはその後だった。
「これが俺の嫁さんだ」
そう言っておぎっくは、横にいた弘子の肩にポンと手を置いた。えっと驚きの声が漏れる中、当の弘子は笑いながら、
「偉そうにー。何が俺の嫁よ。家ではひろちゃーんなんて甘える癖に」
「お、おい! そんな事ここで言うなよ!」
慌てふためくおぎっくを見て笑う弘子。それを見てようやく私達も現実に追いつく。場に大きな笑いが巻き起こり、祝福の言葉が降り注ぐ。
お似合いだ。当時からそうだった。でもまさか、結婚までするとは思わなかった。
「式にはちゃんと皆呼ぶから来てよね」
驚きと喜びの声が飛び交い、場は更に盛り上がった。
そこからは急遽二人の会見場へと切り替わった。いつから付き合ってたんだ、どっちから告白したんだ、そんな質問が次々に二人に浴びせかけられた。快活に答える弘子と、場の流れに戸惑いながらも困り笑顔を浮かべ弘子を見守るおぎっく。
二人は本当に幸せそうで、見ている私も幸せな気持ちだった。
――今月の私の偏差値は、ちょっと高くなりそう。
そんな事を自然と考えてしまって、少し自分にうんざりするが、そう思えるほど二人の姿は素敵で喜ばしいものだった。私でこれなのだから、二人の偏差値はきっととんでもない事になっているのだろう。
ふいに、自分の脇腹を横から突かれた何かと思えば横に座っていた翠だった。
「二人とも幸せそうだね」
しかしその言葉には、私に向けて何含みがあるものだった。
「何か言いたげね」
「そんな事ないけどねー」
なんて言う翠の顔は白々しい事この上ない。何よと言ってやろうと思ったが、
「裕君、すっかりいい男になっちゃったねー」
と、私が言う前に翠の方から先制打を食らってしまった。
「そうですね」
私はあえてそんな事に興味なんてないといった風に振舞うが、「美咲、下手くそすぎ」と大根なみの演技はすぐに翠に見抜かれてしまい、私はため息をつくしかなった。