(2)
心が高揚する。目に映る景色の全てが過去の彩りと共に蘇ってくる。
全員が集合するなんていつぶりだろうか。少し不安もある。社会人になってから、顔を合わせたメンバーも何人かはいるが、何年も会っていないメンバーも多い。
あの頃のように、同じように話せるだろうか。純粋だったあの頃から私はすっかり変わってしまった。そんな私を皆は受け入れてくれるだろうか。私自身、皆と変わらず接する事が出来るだろうか。
期待と不安。こんなにも心が不安定なのも久しぶりの感覚だ。
小学校の正門前。そこが待ち合わせ場所だ。
最寄り駅につき、思い出の地に足を降ろす。何の変哲もない光景がとてもノスタルジックに感じられ、それだけの月日が流れたんだとしみじみ思った。
時間を確認する。待ち合わせ時間には十分間に合いそうだ。少し早すぎるぐらいだが、すでに到着しているメンバーもいるだろう。真面目で時間に特に厳しい豊島君あたりは、一番乗りで皆を待ち構えている事だろう。そんなふうに、何気ない事から級友の顔が浮かぶ事が、なんだか嬉しく思えた。
懐かしい道を歩き続けると、だんだんと視界に校舎の姿が見え始めてきた。元々それなりに年数のあった学校だったが、その佇まいは更に老朽化が進み、年季と呼ぶような味のある雰囲気よりも、所々ボロついているのを見ると、大丈夫なのかと心配にすらなってくる。
そんな事を思いながら徐々に学校に近づいていくと、正門の前に大人達の姿が数名見受けられた。
自然と歩調が早まった。皆の姿がだんだんとはっきりしていく。私に気付いた皆がこちらに向かって手を振ってくれた。私もそれに応え、大きく手を振った。
「美咲ー! 久しぶりー!」
「おーほんとだ美咲だ!」
懐かしい顔ぶれが笑顔で私を迎える。そして私の顔にも、皆と同じように満面の笑みが浮かんでいる。
「久しぶりだね、皆」
まだ全員が集まったわけではないが、私の心はすでに優しく暖かな気持ちに包まれていた。
「美咲、なんかクールですっごくカッコ良くなったね」
「そんな事ないわよ。みっちょんだって、美人になっちゃって」
「やっぱ女子は変わるよなー。俺達男連中なんて全然変わらねえのに」
「ほんと。面白いぐらい変わってないね」
そうは言っても、皆昔の面影を残しながらもやはり大人になっていた。だが、外見の変化はあっても心と距離はあの頃のままだ。会うまで不安に感じていた自分が馬鹿らしく感じる。不安など一切必要なかった。私の心はすっかり安心しきっていた。そうこうしてる間に、ぞくぞくとメンバーは集まり、正門の前に大勢の大人達がそろっていた。
「よし、皆揃ったかな」
おぎっく事、小木久智也が声に出すと、皆の視線が自然とおぎっくの方に集まる。それを見て、やっぱりそうかと私は思った。
私達のクラスにはリーダーが二人いた。一人が弘子。そしてもう一人がおぎっくだ。
温和で熱くなりすぎず、どんな出来事に対しても柔軟に対応できる落ち着いた彼が頼られるのは至極当然の流れだった。リーダーであろうとした弘子とはまた違い、彼自身リーダーになろうという感じではなかったが、皆に頼られる中で、自然とリーダー的な立ち位置になったという感じだった。
そんなリーダー達である弘子とおぎっくは相性も抜群だった。互いが互いを信頼し、私達クラスの絶対的存在であり続けてくれた。豪腕とも言える牽引力のある弘子、それを支えるおぎっく。弘子から連絡が来た時、おそらくおぎっくもそこに絡んでいるだろうと思ったが、その予想は正解だったようだ。
「皆、今日はありがとう。社会人になって忙しいだろうに、ほぼ全員が集まってくれた。元気そうで何よりだわ。男性陣の頭皮問題は、見る限り大丈夫そうね」
相変わらずな弘子の言葉に皆がどっと笑った。堂々とした立ち居振る舞いとキレのある口調は衰えていない。
「さて、近くの飲み屋を予約済みだけど、早めに集まってもらったのはこれだ」
おぎっくはそう言って一眼レフのカメラを取り出した。
「おーいいねーさすがおぎっく」
「ああ。せっかくだから、ここで記念写真を撮ろう。じゃあ、皆並んで」
おぎっくの言葉に従い、皆が正門前に整列する。その間おぎっくは自分のリュックから用意していた三脚を取り出し、カメラのセッティングを行っていた。
「美咲、ほらもうちょいそっちそっち」
横にいた翠がぐいぐいと身体を押し寄せてくる。
「ちょっとそんな押さないでよ」
翠が容赦なく押してくるせいで、横にいた誰かの肩にどんとそのままぶつかってしまう。
「あ、ごめん! 翠が押すから……」
申し訳ないと思いながら向けた顔の先にいた人物を見て、私は思わず言葉が止まった。
「いいよ。大丈夫」
彼は笑顔で答えた。急に、ほわっと体温が少しだけ上がった。
「美咲か。久しぶりだな」
「あ、う、うん。久しぶり」
言葉がどもってしまう。急激な緊張が全身を覆い、顔も一気にかあっと熱くなる。
――馬鹿みたいじゃない。いい大人なのに、こんな子供みたいな反応……。
「よし、撮るぞー」
準備を終えたおぎっくが皆の中に混じる。
「さーん、にー、いーち」
私は、ちゃんと笑えていただろうか。はにかんで、ぎこちなくなっていなかっただろうか。
彼が今私の隣にいる事は偶然なのかな。それとも――。
――らしくないな、私。
でも、望んでいたことだ。それこそが今私がここにいる一番の理由だ。
目の前にして、今日の日までほのかに感じていた感情が確信に変わり、一気に膨らんで自分の中で主張してくる。
私は今日、彼に会いに来たんだ。
九条裕。
私にとって初めての恋が彼だった。