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幸福偏差値  作者: greed green/見鳥望
六章 幸福の棺
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Cage-Out 翠(3)

「……翠」


 映像が終わり、モニターは役目を終え、一面黒に切り替わった。それが翠の記憶の終わりであり、彼女自身の終わりを意味しているようで、私はひどい虚無感と寂しさを感じた。だがそれ以上に、私は衝撃を受けていた。


 ――違う。


「意味が分かったか。あんたが必要な理由が」


 私は頷く。

 翠の記憶。


 翠の中では、私が死んだ事になっている。そこで終わってしまっているのだ。

 

 違う。

 私は、死んでなどいない。

 

 全てが間違っているわけではない。

 あの日、九条君に仮想現実でいいからまた会いたいと願い、装置の中で眠った日。

 私は確かに、死ぬつもりでいた。

 全てが終わった後、私はそのままこの世を去るつもりだった。


『あなたが殺したようなもんでしょう』


 警察から事情を聴かれ、起こった出来事を全て話した。その時はまだ、自分がストーカーであるという認識すら出来ていないほど、まともではなかった。

 ただ彼と話しがしたいから、彼を追いかけた。それでそのまま――。

 しかし話を聞いた警察からの言葉は辛辣だった。

 今であればちゃんと理解出来る。だがあの時の私には、横暴な解釈にしか聞こえなかった。自分の罪を認めるには頭を冷やす時間が必要だった。

 自分の中の大きな支えを、私は自分の手で壊してしまった。

 既に真紀という支えを失っていた事も、私の心を不安定にした要因だったかもしれない。


「いやですねー。そんなわけないじゃないですか」


 会社のトイレの個室に入っていると、真紀の声が聞こえた。


「仲良くやってるじゃない。よく二人で遊んだりなんて出来るわね」


 もう一人はどうやら菊池のようだ。真紀と菊池。私の前では菊池を軽蔑する同志である彼女だが、会社では私と違い菊池とも表面上では普通にやり取りはしている。だから二人が一緒にいるという絵面自体に違和感はない。


「あんな地味女に構うなんて、時間と体力の無駄じゃない」


 ヒヤッとしたものが背中を伝った。

 地味女。菊地が社内でそう呼ぶ存在なんて私ぐらいしか思い当たらない。それに対する真紀の反応も合わせて、私の事を指しているのは明らかだ。

 真紀がどう答えるのか。不安で身体が小刻みに震えた。菊地の手前だ。ある程度の言葉は覚悟しておいた方がいいだろう。自然と腹の下に力が入った。


「皆でイジメてひどいんですもん。ああいう人見ると手を差し伸べたくなるんですよね」


 ――真紀。


 腹に込めた力がすうっと引いていく。

ずっと不安には思っていた。裏では結局、悪口を叩かれてるんじゃないかって。どうせ影で私の事を笑っているんだろうって。

 それならそれで構わない。それでも私を気遣ってくれて、実際に仕事を手伝ったりもしてくれている。感謝はすれど、彼女を悪く言おうという気持ちなどない。


「でも、もうそろそろ食べ頃かな」

「食べ頃?」

「はい」


 腹に再びすっと力が入った。

 彼女の声はいつもと変わらない明るく元気なものだ。だが、何かが違う。


「信じていた人に裏切られた人の顔って見たことあります? あの時の人間の顔って、ほんとたまんないですよ」


 私は今、どんな顔をしているだろう。


「真紀、あんたちょっと、ヤバイね」


 菊池の声も、どこか震えているように聞こえた。

 覚悟なんて痛み止めは、何の役にも立たなかった。急に腹から何かがこみ上げ、思わずその場に吐きそうになった。

 真紀と過ごした場面がいくつも蘇る。一緒に残業してくれた時。一緒にご飯を食べに行った時。笑顔の彼女に癒されてきた。伸ばしてくれた優しい手に私は縋ってきた。

 だが私が掴んだのは、天使ではなく。悪魔の手だった。

 私はその日、会社を早退した。


 重ねすぎた罪と己の身勝手さと惨めさ。支えを失くし、全てに嫌気がさした。自分という人間はこれ以上生きていてはいけない。最後に自分のわがままだけを叶えたら、潔くこの世から消えようと思っていた。

 だから私は、走ってくる車に飛び込んだ。

 そこまでは正しい。でも私は、死ねなかった。無様に生き残った。安易に死を選んだことを、神は許さなかった。それも罪か。私は妙に納得した事を覚えている。

 そこで終わっていればよかった。だが私の最後のわがままは、私にとって最後の大切な人を終わりへと導いた。


『美咲、ごめんね』


 幸福を追求する為の研究。親友と思ってくれていた私を救おうと装置を使ってくれた翠は、自分の装置のせいで私を死なせる所だった。そう勝手に自分を追い込んだ。そんな彼女の思いを残したメールが私に送られたその日、翠は施設の屋上から飛び降りた。


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