Cage-Out 翠(2)
「あれを使って、ですか?」
「そうだ」
それは私にとって忌まわしい装置だった。
幸福偏差値シミュレート。
幸せを数値化した世界で、幸福を追求する人間の思考や行動を研究する為に造られた装置。
「あんたにはちゃんと向き合う必要があると、俺は思っている」
痛烈な言葉だ。だが否定はしない。拒みもしない。彼の言う通りだ。
私は愚かな過去の自分を思い出す。九条君に歪んだ恋心を抱き、結果彼を死なせてしまい、彼を撥ねた菊池先輩をも、恨みで暴走して破滅に追い込んだ。
そして挙句、翠をも眠らせてしまった事も。
「正直あんたのせいでもある。そしてこれは、あんたの為でもある。後半は翠ならそう言うだろうと思っての言葉だが」
私の罪は重い。私利私欲のせいで、何人もの人生を壊してしまった。
そんな私に出来る事があるなら、いくらでも向き合う。それでも償いきれないかもしれないが、少なくとも親友を助ける事の出来る可能性があるなら、私はそこに全力を注ぎたい。
罪を償い、改めて全てに向き合う。それは確かに、私に必要な事だ。
「医学の力では彼女を救うには及ばなかった。だが、俺達には翠が考案したあの装置がある」
「あれを、どう使うんですか?」
「あいつに直接呼びかける」
「え、でも翠は……」
「そう。ずっとあいつは眠っている。傍目から見ればな。だが生きている。脳は死んでいない。あいつの脳に入り込めば、直接声を届ける事が出来るかもしれない」
「そんな事が……」
出来るというのか。眠った翠に対して。
「両親からも了承は得ている。娘を助けられるのなら、その可能性に賭けたいと。なんとかあいつの意識を覗ける事は確認できた。そして直接入り込む事も。だが、まだ呼びかけてはいない。翠があんたにやったように、それはとてつもなく危険な行為だ。何度もテスト出来る事じゃない。そして誰でもいいわけではない。あいつに呼びかけるのに最適な人間でなければならない」
「それが私……」
「そうだ」
もちろん彼女を助けたい気持ちはある。でも、本当にそうなのか。私がその役にふさわしいなんて。
「根拠もある」
「根拠?」
「それは実際に見ればわかる。ついて来い」
冴木さんの後について歩く。
しばらく歩くと、見覚えのある部屋に通された。そうだ。ここは以前私が訪れた、あの装置があった部屋だ。そしてその記憶通り、そこにはあのカプセル型の装置があった。
「翠!」
二つ並んだ装置の一つに、翠が寝かされていた。
安らかで、今にも起きだしそうな綺麗な顔だ。
冴木さんはカプセルの横に備え付けられた端末装置のキーボードを叩く。英語のよく分からない画面が次々現れるが、やがてそれが映像に切り替わった。それはこの研究施設を主観で映し出したものだった。
「これが、あいつの頭の中だ」
映像はどうやら翠の視点によるものらしい。それを証拠に、映像の中で主観視点にいる翠と冴木さんが喋っている場面が流れている。
「とりあえずこれを最後まで見ろ。あんたを呼んだ理由がここにある」
私は冴木さんに言われた通り映像を凝視した。
モニターに映し出されているのは、翠の頭の中。彼女の記憶だ。科学や技術は日々進歩しているが、ここまでの事が今や可能になっているのかと私は素直に驚く。
いや、驚いている場合ではない。ちゃんと見なければ。そして私は、彼女の記憶と向き合った。