Cage-Out 翠(1)
翠は呆然と立ちすくみ、頭を押さえながらその場にへたり込んだ。視界の先には車が一台。雨の中、悲鳴と怒号が響き、その中心には私の死体があった。
「美咲―!」
翠が何度も私の名を叫んだ。向こうで倒れている、私に向かって。
――違うよ。翠。
間違っている。そしてその間違いこそが全ての原因なのだ。
あなたが罪の意識で飛び降り自殺を図り、一命を取り留めたものの、目覚めなくなってしまった理由。
翠をそうさせてしまった原因は私だった。
だから私が改めて理由になる必要がある。彼女を壊してしまった理由ではなく、彼女を目覚めさせる理由として。
「翠」
翠の悲鳴が止み、彼女の顔がこちらを向く。信じられないものを見るかのように、瞳が大きく見開かれる。
あなたは信じられないだろう。でも違うんだ。正しいのは今見ている方の私なの。
「今度は私が、あなたを助けるから」
親友である私が、必ず。
*
「柊美咲さん」
仕事を終え、一人暮らしの部屋の前で鍵を開けようとした所に、ふいに声を掛けられた。声の方を向くと、白髪の混じった長髪を後ろに束ねた男が立っていた。私はその男を知っていた。
「冴木さん、でしたっけ?」
冴木主任。翠の研究施設で、確かそんな名で呼ばれていた男だ。彼は無言で頷き、肯定を表した。
「あんたにしか出来ない事を頼みたい」
彼が何を言おうとしているのか、私はすぐに察知した。
「……翠の事、ですか」
再び彼は無言で頷いた。
「助けられるかもしれない」
その言葉は私に大きな衝撃を与えた。
私のせいで目を覚まさなくなった彼女を、救う事が出来る。
「本当ですか!?」
しかし、その問いに彼は頷かなかった。
「かもだ。可能性の話だ。絶対じゃない」
その表情はどこか悔し気にも見えた。
「だが、やる価値はあると思っている」
無骨な表情は威圧的で、相手に恐怖を与えるほど鋭い視線だった。だがそこには強い信念が見えた。翠を想う、強く深い優しさが見えた。
「力を貸してくれ」
断る理由などない。そもそもは私のせいなのだから。
「はい」
私に出来る事なら、なんだってする。それぐらいはしなければならない。
彼女の為に。