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幸福偏差値  作者: greed green/見鳥望
六章 幸福の棺
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Cage-Out 美咲(3)

 緊張の中、美咲のシミュレートは始まった。

 仮想空間での美咲は、本人の意識の反映もあってか、クールで馴れ合いはしないながらも凛とした女性という、言い方は悪いが美化された存在となっていたが、進行自体は順調だった。


 同窓会の日。九条君との再会。

 仮想空間において美咲は九条君と結婚し、娘を得るまでに至った。幸福に正直に生きた結果で、ここまでの幸福を生みだしたのは彼女が初めてだったかもしれない。一重にそれは彼女の一途さが成せるものだったと思われる。

 

 しかし、やはりそこが災いした。

 やがて九条君への気持ちが幸福という対象に一途になり始め、そこから暴走が始まった。彼へのストーキングと行為と同じ流れだ。

 まずい。このままではこの世界に取り込まれる。

 冴木主任の案により、私は”ダイブ”という被験者の意識に直接介入する手段を取り、彼女のいる同じ意識世界へ飛び込んだ。それは私にとってとてつもなく危険な行為だった。下手をすると、私自身も取り込まれ二度と現実に戻れなくなる可能性もあるからだ。

 だが、覚悟を決めた私に逃げるという選択肢はなかった。

 彼女は記憶を追いかけるように、九条君を同じように追いつめた。それどころか、後輩の真紀という女性をも殺してしまった。


 そして結局、九条君は現実と同じ終わりを迎えた。


 本当の現実ではその後がある。

 九条君を撥ねた車に乗っていたのは、偶然にも美咲が勤めていた会社の菊池という先輩社員だった。それの影響もあってかシミュレートでの映像を見る限りでも、美咲にとってこの菊池という先輩はかなり嫌な存在として描かれていた。

 現実においても九条君を殺した恨みとばかりに、美咲はこの菊池という女性を悪質とも呼べる嫌がらせによって追いつめ、彼女を自殺未遂にまで追い込んだ。


 美咲は少なくとも二人の人間を追いやっている。罪深く、断罪されるべき存在だ。だからこそ装置の使用を渋った。でもどうか、そんな罪も踏まえて、彼女にまた踏み出して欲しいという強い思いもあった。

でも、駄目だった。彼女はこの世界で殺人まで犯してしまった。

 絶望的かと思えた。外部からの呼びかけではどうしようもなく、ダイブという手段で直接彼女に作用するしかない状況で、もはや私は祈る事しか出来ないほどだった。


 カプセルから彼女が目覚めた時、私は心底安心した。そして、


「ごめんね、翠」


 その言葉を聞いた時に、自然と涙がこぼれた。

 無事であった事。それだけでも嬉しかったが、ごめんねと憑き物が落ちたかのような表情を見せた彼女を見て、彼女を少しでも救えたんだという気持ちになれた。

 ずっと怖かった。彼女が何も変わらなかったら。彼女がこのまま壊れてしまったらと。


「ありがとう翠。翠にはほんと、いつも助けられっぱなしだね」

「そんな事ないよ。私の方こそ」


 すっきりとした表情の彼女を見て、大変だったけど無駄ではなかったと思えた。


「これで、ちゃんと終われそうだよ」

「そっか、良かった」


 美咲を見送り施設を出ようとすると、外はひどい雨だった。


「あ、傘持ってきない」

「待ってて。ちょっと持ってきてあげるよ」

「え、いいよ」

「いいよって。こんな雨の中何がいいのよ。ズブ濡れになるよ。いいから待ってて」

「……うん」


 私はその場を離れ、傘を一本拝借した。

 ひどく疲れた。でも今はいい疲労に感じられる。美咲が犯した罪は小さくないけど、しっかり前に進んで欲しい。そして親友として、また出来る事があれば何かしてあげたいと思う。


「……いっ…!」


 ずきっと頭が急に痛んだ。あまりに不意打ちで急な痛みに驚き足を止め、頭を押さえる。

だが痛みはすぐに止んだ。


「はあ……何よ……」


 小走りで玄関の方に向かう。角を曲がり、玄関が見えた。


「……え?」


 さっきまでそこに立っていた、美咲の姿がなかった。


 ずきっ。


 また頭痛がした。


 とてつもなく嫌な予感がした。


「美咲……」


 終わったんじゃないの。

 救えたはずだよね。


「美咲?」


 返事はない。どこに行った。

 まさかこの雨の中、そのまま外に出たのか。


「美咲!」


 外に飛び出す。凄まじい雨が一瞬にして全身を濡らしていく。


「美咲―!」


 ずきっ。

 頭痛が続く。

 施設を出て、路地に飛び出す。降り注ぐ豪雨の中で、遠くで人の叫び声が聞こえた。


 ――やめてよ……やだ。やだ。やめて……!


 心の中で悲鳴を漏らす。

 終わったんでしょ。

 これからまた、ちゃんとまた……。


“これで、ちゃんと終われそうだよ”


 違うのか……。

 そういう意味ではなかったのか。

 視界の先に、車の赤いテールランプが見えた。何人かの人間が雨の中、傘もささずに何やら喚いていた。

 そして、地面に転がる誰かの足が見えた。


「ねえ、違うよね……?」


 声は雨にかき消される。どこにも届かない。

 どこにも。


「なんでよ」


 ――駄目だったの? ねえ、結局駄目だったの?


「美咲……ねえ、美咲」


 あなたは決して、幸せな人生を送ってこれなかったのかもしれない。

 不幸と言ってしまうには可哀想だが、不器用な真っ直ぐさのせいで、大きな間違えを犯してしまった。

 でも、だからってもう、これ以上不幸になる必要がどこにあるっていうの。


「みさきー!!」


 いくら叫んでも届かない。

 地面の上で、血を流し倒れるあなたの視線は、もうどこも見ていなかった。

 

 終わった。


 あなたの言う通り、あなたの望む通り、全てが終わってしまった。
























「翠」


 後ろで声がした。

 鈍った脳が反応に遅れる。だが、順応しだしてもまだ頭の中には混乱が残っていた。

 その声が後ろからするはずがない。

 私はゆっくりと振り向いた。


「翠、大丈夫」


 ――どうして。


 私はもう一度、視線を戻す。やはりそこに、彼女は倒れている。じゃあなぜ、そっちにもあなたがいるの。


「今度は私が、あなたを助けるから」


 死んでいるはずの美咲の姿が、そこにあった。



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