Cage-Out 美咲(2)
『話があるの』
数年後、あの事件以来連絡の途絶えていた美咲から連絡が入った。
彼女の犯した罪は、私にとってもショックで、正直彼女を許せない気持ちもあった。でもそれ以上に、親友だという意識が勝った。
私は、彼女と会う事にした。
喫茶店で久しぶりに会った美咲は、もともと細見だったが前にも増して肉が削げ落ちていた。すっかり憔悴しきった彼女の姿は、見ているだけで悲痛なものだった。
そこで初めて気づくべきことに気付いた。彼女の罪ばかりに目が行き、見てあげるべき点に目がいかなかった。
一番ショックを受け、傷ついているのは美咲自身だったのだ。
「お願いがあるの」
美咲の視点は、私ではなく目の前のテーブルの上に落ちている。
「あのシミュレートを、私にも体験させて欲しいの」
――そういう事か。
私は瞬時に彼女の思いを理解し、そして愕然とした。
――もうやめなよ、美咲。
「九条君に、会いたいの」
*
科学という分野に興味を抱き続けた私の焦点は、幸福という一点に注がれていた。その過程で冴木主任、八木君、そして私の研究チームによって生みだされたのが 幸福偏差値シミュレートだった。
幸福を数値化し、幸福をより意識した状態で生活を送ることで、人の意識はどのように変容するのかをリアルにシミュレートする装置だ。
テスト試験を行い、何人かの被験者をもって装置の機能性は確認出来た。
“想像以上にリアルな世界で、起きた時に現実との区別がつかなかった”
“幸福をより意識する生活の中で、本当の幸せが何かを意識するようになった”
“仮想空間の中でずっと憧れだった先輩と久々に会えた時は恥ずかしながら嬉しかったですね。結果は残念なものでしたが”
被験者の意見は様々だったが、どれも興味深いものだった。
リアルな仮想意識空間。だがあくまでこの装置は、人の幸福について研究する為の装置だ。
この装置はニュースでも取り上げられ、少しばかり話題となった。美咲もこのニュースを見て、装置の事について調べたのだろう。
“仮想空間の中でずっと憧れだった先輩と久々に会えた時は――”
あまりに私利私欲な使い方だ。
現実に近いと言っても、あくまで仮想現実だ。しかし、その元となるのは体験する者の記憶に基づく。ただし、記憶をただ辿るわけではない。あくまでベースの情報をもとに、被験者への幸福の訴求を行いながらシミュレートは進行していく。その為、被験者の判断、選択によってリアルに話が進行していくし、被験者の意識によっては、本人の姿や精神にも影響が表れる。
研究材料として、被験者は多いに越した事はない。美咲に協力という形で装置を使ってもらえるならそれはありがたい事だ。
しかし彼女の場合は違う。ただの私欲だ。
それに、誰でも装置を使えるというわけではない。身体、精神共に安定している者でなければ危険が及ぶ可能性もある。いくら仮想現実とは言え直接的に被験者の精神と装置を繋げる事になるため、場合によっては心身に重大な影響を与える可能性も考えられるからだ。
そういう意味では、美咲は不適合者だ。だから始め、私はその頼みを断った。
だが、美咲も折れなかった。
「お願い。終わらせたいの。私は、九条君に謝る事も出来ずに終わってしまった。だから、せめて……」
涙を流し訴える親友を見て、私の心は大きく揺らいだ。
終わらせたい。その言葉が私の心を突いた。
危険だ。でも、これが美咲にとっての救いになる可能性もある。
それなら、私は……。
「……本当に、これで終わりにするんだよね?」
美咲は強く頷いた。
「わかった」
何かあった時、責任は私がとる。
美咲の覚悟を本物と信じて。