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幸福偏差値  作者: greed green/見鳥望
六章 幸福の棺
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(4)

 話は現実に遡る。

 全てがどこで始まったかと言われれば、その起点は小学生の時に九条裕に恋をした事だろう。

 一目惚れという言葉はあるが、私の初めての一目惚れは、社会人になっても変わらず九条君のまま終わらなかった。


 ずっとずっと、私は心の中で九条君を追いかけ続けていた。

 大人になっても、彼の事を忘れられなかった。


 愛想も悪く不器用で決して見た目も良くない私は、社会に出てからもうまく人間関係を築くことが出来なかった。

 会社の人達はそんな私の存在を嘲笑していた。中でも先輩社員の菊池はあからさまで、トイレで二人っきりになったりすると、「あなたいつやめるの? 社内の空気が汚染されるからさっさと辞めてよ」なんて言葉をぶつけてきたり、自分の雑務を私に押し付けてきたりした。


 毎日が辛く、惨めだった。


「先輩、手伝いましょうか」


 そんな中で、後輩の真紀だけは違った。

 私と違ってマスコットのように可愛らしい彼女は、男性、女性関わらず人気者で、私とは真逆の存在だった。そんな彼女は何故だか私を気にかけ度々声をかけてくれたり、手を差し伸べてくれたりした。正直最初は不信に思ったりもしたが、悪意を感じさせない真紀の存在は、私の大きな支えの一つになった。


「美咲、今度どっかに遊びに行こうよ」


 もう一人私には大きな支えがいてくれた。小学校からの親友である花山翠だ。

 当時友達の少ない私といつも一緒に遊んでくれた彼女との関係は、大人になってからも変わらず続いた。続いたというより、私としては続けてくれたという方が正しい。翠は、仕事で忙しいのにも関わらず度々私を気にかけ声をかけてくれた。


 九条君。真紀。翠。


 辛い毎日を生きていく事が出来る理由達。

 でも、それを大きく変えてしまったのは私自身だった。

 心の中で育ち続けた九条君と、再び出会ってしまったあの日から。



*



 同窓会の誘い。

 不安だった。嫌われていたわけではなかったが、実際仲の良い子はほぼ皆無だった。でも、不安の中に一つ大きな期待があった。

 九条君。

 彼に会えるかもしれない。私はその為だけに同窓会に参加した。


 再び目にした彼の姿に、私の心は再び撃ち抜かれた。

 当時の面影を残しながら、大人の色気を身につけた精悍な様は、私の中で燻っていた淡い恋心を加熱させるには十分すぎた。


「美咲か。久しぶりだな」


 皆で集合写真を撮ろうという流れになった時、偶然私の隣に九条君が立っていた。喋る勇気などなく、横目でちらりと確認するのが精一杯だった私に、彼は何の抵抗もなくさらりと話しかけてくれたのだ

覚えてくれていた。それだけで頭がとろけそうなほど熱くなった。しかし、奇跡はそれだけで終わらなかった。

 一次会が終わり、二次会へと人が流れ始めた時。私はあまり酒が強くない事もあり、一次会で帰るつもりだった。酔いもまわり、わちゃわちゃとした皆の様子を見ながら、私はすっと身を引き帰路へ向かおうとした。その時だった。


「美咲も帰るのか?」


 また彼が私に話しかけてくれたのだ。


「俺も帰るんだ。途中まで一緒に帰ろうぜ」


 信じられない事が起きた。

 私は神様に何度も感謝した。来てよかった。本当に今日来てよかった。私が会話に不慣れなせいで、決してスムーズなものではなかったが、それでも自然に話をしてくれる九条君が愛おしくて、幸せすぎる現実に目眩すら覚えた。

 昔もそうだった。私を気にかけ仲良くしてくれたのは翠ぐらいだった。それ以外の子達とはうまく馴染めなかった。向こうも私への接し方が分からず、話しかけて来る時はたいていが事務的なものだった。


「美咲、もっと皆と仲良くすればいいのに。翠とはあんなに普通に喋れるんだから、もったいないよ」


 急にそんなふうに九条君に言葉をかけられ、私はその場で固まり呆然と彼を見つめた。何が面白かったのか、九条君は、ははっと大きく笑った。


「なんだよその反応。美咲っておもしろいな」


 すっと私の心に入り込んだ。そして捉えて離さなかった。結局自分から話しかける事はほとんど出来なかったけど、ここに来てこんな機会が巡ってくるなんて。


「じゃあな」


 彼の背中を見送りながら、自分の心の留め具が外れていくのを感じた。

 内側で抑圧されていた怪物が解き放たれ、私を内臓から食い荒らしていく。


 ジブンニショウジキニナレ。


 そして制御の効かなくなった猛獣は、最終的に彼の命をも奪ってしまった。


「なあ、頼むよ」


 懇願する彼の顔は、酷く歪んで悲痛なものだった。


「頼むから」


 私は、彼を追いかけ続けた。

 今までは心の中だけだった。心の中の彼はいつでも優しく微笑んでくれた。それが心の外へと飛び出した時、いかに自分の彼に対する想いが強いかを知った。そしてその想いの強さが、自分自身を更に鼓舞した。

 こんなにも、私は彼が好きなんだ。

 その気持ちを自分で再認識する度に、私は恍惚に浸った。


「俺に近づくな!」


 私は彼にとって、ストーカーという害悪に成り果てていた。


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