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幸福偏差値  作者: greed green/見鳥望
六章 幸福の棺
36/47

(1)

 心は凪のように穏やかだった。だがそれが、全てが終わり無の境地によってもたらされたものなのか、はたまた次から次へと起こった衝撃的な出来事の連続で麻痺したものによるものなのかは自分でも分からない。

 ひどく落ち着いた心。無に近い私は、思考も既に放棄していた。車の中で手錠をかけられた私は、これから警察署に連れていかれるのだろう。そして裁かれ、無機質な牢獄で罪を削ぐ日々を送るのだろう。


 これからどうなるのか。そんな未来を考える事も出来ない状態。出来たとしても考える必要もない、考えたくもない修羅の道という未来が待っているだけだ。

 堕ちて堕ちて堕ち続ける。止めどない落下を続ける。

 きぃっと、車が止まった。


「降りろ」


 無感情な警官の声が耳に入る。私は言われた通り車外へと出る。

 ここはどこだろう。疑問と共に違和感も混じる。ここは一体なんだ?

 警察署、もしくは収容所にでも連れていかれるものと思っていた。だが、私の目の前にそびえ立っているのは、汚れた廃ビルだった。

 男は私に向かってついて来いと顎でしゃくる。男の後についてビルへ入ると、中も外見通り廃れ荒れきっている。散らばったガラスの破片や残骸を踏みしめながら歩くと、男がエレベーターの扉の前に止まり、当たり前のように上向き三角のボタンを押した。

 こんな廃ビルのエレベーターが稼働するのかと不審に思ったが、エレベーターのランプは平然と灯った。一体どこに動力なんてあるのだろうかと思っていると、エレベーターの扉が開き、男が先に乗り込んだ。男は無言で私を見つめる。喋れるはずなのに、男はまたも言葉を発しない。無言の圧だけで訴えかけてくるやり方に少々イラつきながらも中に乗り込む。

 男は最上階である八階のボタンを押した。何の説明もなくよく分からないビルに連れ込まれている現状に、さすがに不安が強くなってきた。


「あの、これどういう事なんですか?」


 何をどう尋ねればいいかも分からないが、ようやく絞り出した声にも男は無言を貫く。そうしている内に、エレベーターは八階につき扉が開いた。扉の先の真正面に無機質なドアが一枚見えた。男はその場に留まり、開のボタンを押し続けている。説明はないようだ。その代わり、あの先に答えがあるとでもいうふうに見えた。

 私は一人でエレベーターを降りた。ほどなくして後ろで扉は閉じられた。

 

 暗い廊下。左右を確認してみるが、目の前のドア以外特に目立ったものはない。この先に進む以外の選択肢はないようだ。

 ドアノブに手をかける。ゆっくりとノブを回し前へと押し出す。ドアを開き、中へと入った。

 広い空間。床も壁もボロボロの空間の真ん中に誰かが立っていた。

 女性だ。短髪で眼鏡をかけた女性は白衣のようなものを羽織っている。廃ビルの中で不釣り合いな彼女は、この空間で異物のようにとても浮いた存在に映った。

 私は訳も分からず、とりあえず彼女の方へと近づいていく。近づくほどに、自分の中で記憶の奥をつままれるような感覚に襲われる。


「美咲」


 女性がふいに私の名前を呼んだ。


「え?」


 何故だ。何故私の名前を知っている。唐突に名前を呼ばれた事に驚きを隠せなかった。しかしその声を聞いた時、一つまた記憶の糸が繋がり始めた。


『みさきは、わるくないんだよ』


 警官に連れられる際に頭に響いた幻聴。彼女の声は、あの声と全く同じものだった。


「……誰?」


 そう尋ねると、彼女は少し寂しそうな顔で微笑んだ。


「分からないよね。この姿じゃ」


 どういう意味だろうか。だがどうやら、彼女は私の事を知っているようだった。私は改めて彼女の顔を注意深く見つめる。


 彼女は一体、誰だ?


 記憶を辿る。彼女を見た瞬間に記憶の奥で感じたもの。あの感覚は決して間違っていないはずだ。

 つまり、私も彼女を知っている。


 ――……まさか。


 急速に記憶が繋がっていく。


『みさき』


 彼女の声が重なる。彼女は、そうなのか。

 でもそうだとすると、何故彼女はここにいる。


「私だよ。翠だよ」


 目の前にいたのは、私の親友である花山翠だった。


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