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幸福偏差値  作者: greed green/見鳥望
五章 幸福の崩壊
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(7)

「違う、違う、違うの! ほんとに違うの!」


 私は逃れるように腕を振るう。頭が痛い。悪夢だ。何から何まで。全部そうだ。これは悪夢。そうに決まってる。


「やばい! 警察呼べ警察!」

「救急車も!」

「包丁持ってるぞ、逃げろ!」


 周りの悲鳴がどんどん大きくなる。私という危険人物に向けられた悲鳴。

 悲鳴をあげたいのはこっちの方だ。

 どうして、どうして。

 私の右手に握られた血塗れの包丁は、どれだけ振り払っても私の手から全く離れてくれない。


「やめろ美咲! 分かったから、包丁を離せ!」

「離れないのよ! 取れないの!」

「馬鹿な事言うなよ! どうしても俺を殺したいってのかよ!」

「違う、違う!」


 いくら喚いても包丁は手についたままで離れず、事態は一向に良くならない。


『み、……』


 痛む頭の中で何かが聞こえたような気がした。いよいよおかしくなり始めてきた。

 どうしたらいい。私は。いや、もう……。


 ――どうでもいいか。


 私は両手をぶらんと降ろした。


「……美咲?」


 幸せになろうとして、結果幸せどころか、今や殺人犯だ。

 全てが意味不明で無茶苦茶だけど、真紀の死体は相変わらずそこに寝そべっているままだ。

 私が殺したんだ。この包丁で。信じられないが、それが事実なんだ。

 終わりだ。人を殺して幸せになれるわけなどない。


『ア、ナタ、ノコウフク、ド、ハ、レ、レレレレ、0点、デ、デェス』

 

 壊れた機械人形のような声が頭に響く。


「0点だってさ」


 もう何も残っていない。幸せどころか、何もかもだ。

 私は握った包丁を、裕の方へと向けた。


「裕ももう、いいでしょ? 幸せとか、どーでも」


 いらない。全部全部。


「やめろ……やめろよ、やめろ!」


 私は裕に向かって歩き出した。


「うわ、うわああああああああああああああ!!」


 裕は慌てて逃げだした。その後を全速力で追いかける。

 

“俺に近づくな”


 あの言葉を聞いた瞬間、自分の中で大きく何かが崩れた。

 取り返しのつかない破壊の言葉。

 

 ああ、終わった。

 でも中途半端だ。終わるなら、しっかり終わらせよう。


「あああああああああああああああ!!」


 裕が大声で喚いている。こんなみじめで情けない姿もあるんだ。どこかでそんな彼を見れて嬉しく思っている自分がいる。異常だ。でも、何故だかそう思えた自分に納得し落ち着きすら覚える。


 ――待ってよ。終わらせるだけなんだから。


 めちゃくちゃに腕や足を振り上げながら、裕は逃げ惑う。彼はそのまま交差点へと走っていく。


「あ」


 待って。そう言おうとしたが、自分も走っているせいで、激しい呼吸でうまく喋れなかった。もちろん彼に私の言葉は届いていない。彼のスピードは落ちない。


 ――待って! 赤信号だよ!


 心の中でだけ思いっきり叫んだ。でもそれは、心配で出たものではない。

 私にとって不本意な結果になってしまう。

 次の瞬間、けたたましいブレーキ音とクラクションが鳴り響いた。ようやく裕のスピードが落ちた。

 だが、間に合わない。


 ばりっ。


 一瞬、裕の姿がまるで電波障害のように歪んだ。

 そして次の瞬間、激しい衝突音がした。アニメのように吹き飛ぶ裕の姿。


 ごじゃ。


 肉のつぶれる音がした。


「待ってよ」


 足を止めた頃、ようやく言葉が出た。


「待ってよ……」


 身体の力が抜けていく。

 終わった。終わっちゃった。


 終わらせも、させてくれないんだ。


「はは」


 乾いた笑いが漏れた。

 幸せに見放された者は、なに一つ思い通りにいかないのね。

 救急車やパトカーのけたたましいサイレンが重なる。


 ――幸せなんて、やっぱりくだらない。


 その場でぼーっと立ち尽くしていると、両脇をぐっと誰かに掴まれた。ちらりと見ると、どちらも警官だった。そしてそのまま、私はパトカーの中へと放り込まれた。


『みさき』


 頭の中で、誰かの声がした。


『みさきは、わるくないんだよ』


 頭痛の次は幻聴か。

 まあいい。いずれにしろ、もう全て終わりだ。

 

 さようなら、私の幸せだった人生。


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