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幸福偏差値  作者: greed green/見鳥望
五章 幸福の崩壊
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(5)

「リベンジハッピー? 何それ」

「例えば、あんたの彼氏が裏切って浮気して、彼女をつくったとするじゃん? そしたら、有希の幸福度はどうなる?」

「えーヤダやめてよ! そんなのあたしの幸福度ドン下がりじゃん!?」

「加えて、有希の彼氏の幸福度は上がっちゃうわけ」

「なんでよ! なんであがっちゃうのよ! そんなのひどすぎるよ」

「どうしてやりたい?」

「仕返しする! 絶っっ対許さないそんなの!」

「はい、リベンジハッピーのはじまりはじまり」

「へ?」

「つまりそういう事。自分の幸福を優先して相手に切り捨てられたりした時に、仕返ししてやろうってのを、最近そう呼ぶらしいよ」

「へーそなんだ」

「この前、幸せの事で言い争いになって相手刺し殺したって事件あったじゃん。あれもリベンジハッピーの一種なんだって」

「じゃあ人の幸せを妬んだり恨んだりして、殺っちまう事を指すのね」

「殺っちまうってあんた。ま、でもそんなとこ」


 電車の中にいると、女子高生のそんな会話が耳に入り込んできた。

 リベンジハッピー。

 その言葉は、まさに今の私の事を言っているような気がして複雑な気分になった。リベンジポルノなんて言葉があるが、あれの仲間みたいなものだろうか。言葉として間違っているような気もするが、既にそういった言葉が若者たちの間で流布し始めているらしい。

 

 休日。と言っても専業主婦の私からすればそこまで大きな変化はないが、こんな日にでも裕は仕事だと言って家から出ていく。

 本当に仕事なのか。乗り合わせた電車の車両の端に裕の姿を確認する。私が珍しく電車に乗っているのは、彼を尾行するためだ。彼がどこに向かっているのか探る為に。


 バレないように注意しながら彼の動向を見張る。彼はずっと携帯電話の画面を見ている。ネットの記事でも見ているのか。それとも誰かとやり取りをしているのか。だとすれば一体誰と。しばらくその状態が続いたが何駅か乗り継いだ後、止まった駅で急にさらっと裕が車両を降りたので慌てて私も電車を降りた。

 彼は改札を抜け歩き始めた。どこに行くのだろうか。少なくとも彼と一緒に来たことのある場所ではなさそうだった。幸いにもそれなりに人がたむろしているので、自分の姿を眩ませる事に悩む事はなく、わりかし堂々と尾行を続ける事が出来た。五分程だろうか、そうして歩き続けた裕はある建物に入って行った。


「図書館……?」


 彼が入った先は立派な佇まいの図書館だった。こんな所に何の用だろうかと一瞬思ったが、そういえば仕事の参考資料の為に図書館でそういった雑誌を見て参考にしたりもするとかなんとか言っていた事を思い出す。とすれば、ここに来たのは仕事の為か。彼の姿を見失わない程度の距離感に気を付けながら、私も図書館の中へと入った。

 館内には休みの日という事もあってか、それなりに人がいた。だが場所柄、街の喧騒が嘘のように中は静かなものだった。

 彼の様子を見ていると、いくつかの雑誌やら書籍を手に取り、近くの席に移りページを捲り始めた。彼の見ていたコーナーを確認すると、建物であったり絵画やデザインといった仕事に関わるものばかりのようだった。

 少しだけ自分の中に罪悪感がたちこめる。裕の私への態度は許せないが、休みの日まで仕事に向き合う姿勢は素直に尊敬に値するものだ。彼の悪事を暴いてやろうという気持ちだったが、何もなければちょっとぐらい譲歩してやってもいいんじゃないかという気持ちが少し芽生え出した。

 

 結局、三時間程彼は図書館で真剣に資料と向き合い、区切りがついたのか席を立ち図書館を後にした。

 潔白か。いや、まだ油断は出来ない。裕の家に帰ってくる時間はいつもかなり遅い。何かあるとすれば、夕方以降のこの時間からがいちばん怪しい。

 彼はまた駅の方へと歩き出した。まだ家に戻るには早すぎる。彼は必ずどこかで時間を潰すはずだ。そう思って彼の動きを用心深く見ていると、ポケットから携帯を取り出した。そしてそのまま、自分の耳にあてた。通話だ。話の内容までは距離的に確認が難しいが、その表情を見て思わず顔をしかめた。

 

 ――なに笑ってんのよ。


 笑顔。嬉しいからだ。幸せだからだ。だから笑うんだ。

 ねえ。その幸せは、どこから来てるの。

 再び電車に乗り込む。向かう先はどこか。先ほどまでより長く電車に揺られながら、窓の外の景色が見慣れたものに変わっていく。私にも分かる場所。

 なんとなく、嫌な予感がした。呼応するかのように頭痛がした。いつもより強く長い痛みに思わずこめかみを押さえるが、痛みはまるで止まない。

 不幸を感じる度に、この痛みを感じている気がする。この痛みはただの痛みか。それとも予兆か。これから起こる不幸への。

 

 裕がまた電車を降りた。どくどくと心臓の波打つ速さが増していく。

 この景色、この道。向かう先が絞られていく。とすれば、彼が誰かと会う事は確実だ。

 男ならばいい、でももし女なら――。

 許すわけにはいかない。堂々と浮気なんてしてる事実があるなら、そんな幸せは徹底的に叩き潰してやる。そうして初めて私は幸せになれるのだ。

 

 進んでいく裕の後を追う。やっぱりそうだ。知っている。彼の行く場所を私は知っている。私とも来た場所だが、今日彼の横に私はいない。


 ――え……。


 裕が誰かに向かって手をあげた。その先の人物が私の視界にも入る。

 女性だった。遠くからでもそれだけはまず確認出来た。そして徐々にその輪郭がはっきりしていく。


 ――嘘でしょ……?


 向かう先がだいたい分かった時、あのパスタ屋に向かってると分かった時に、とてつもなく嫌な予感はした。でもまさか、本当にそうだなんて。


 ――なんでよ……なんであなたが……。


 結婚して、子供が生まれる前まではよく会ったりもしていた。裕と三人でご飯を食べたり、家に来てくれた事もあった。

 いつしかそんな事もなくなった。忙しくなったのか、仕方がないことかと思ってた。

 果たしてそうだったのか。表立って私と会う事に、何か問題があったからじゃないのか。そうでなければ、今私が見ている光景に説明がつかない。

 

 ――なんであなたがそこにいるのよ。真紀。


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