(2)
「美咲」
「何?」
「またカバン買ったの?」
「うん。素敵でしょ?」
裕は頷きもせず、困ったように私の顔を見た。何か言いたげだったが、結局「おやすみ」とだけ残し、自分の部屋へと戻って行った。
「……何よ」
それイイネって、そう一言ぐらい言ってくれてもいいのに。
何かが足りない。私の幸せに何が足りないのか。周りのママ友達と私を見比べて決定的に違っているものは、まず見た目だった。
皆綺麗で、身に着けているものは高価でお洒落なものばかりだ。それに比べて、そういった事に無頓着に過ごしてきた私は、安価で地味な貧相なものだった。
なるほどと思った。今まで何も思ってこなかった。まさかそれが幸せに繋がるものだなんて思ってこなかった。どうりで点数が上がらないはずだ。幸福を上げるためには、気持ちだけではなく身なりにも気をつけなければならない。そうする事でより高い幸福を得るにふさわしい人間になれるんだ。
「いっ……」
ズキッとこめかみの辺りに痛みがはしった。最近どうも頭痛が多い。幸せが落ちると体調にも影響するのだろうかと馬鹿な事を考えてしまう。
どうも最近色々と調子が悪い。幸せ続きの生活に陰りが見え始めている。私が買ってきたブランドものの服やアクセサリーは、どれも素敵で身に着けると煌びやかで、それだけで幸福感に包まれた。高揚する心を感じながら、自分の幸福を実現するための行動は間違っていない事を確信していた。なのに、裕はそんな私を見て顔をしかめた。
「それいくらしたの? そんな高そうなもの、相談もなしに買うなんてちょっとどうかと思うぞ」
愕然とするような反応だった。
心が通じ合っているものと思ってきた。もちろん小さな諍いぐらいは今までもあった。それでもそれは、少し話せば分かり合える小さな妥協程度で済むレベルのものだった。
だが今回は違う。まるで軽蔑するような、これ以上話すのも馬鹿らしい。そんな態度に見えた。
金はかかる。それぐらいは私も分かっている。でも私の幸せがそれで足踏みするようなら仕方がない。これで幸せになれるのなら、むしろ安いものじゃないか。
お金の方が大事なのか。
自分の妻が綺麗になろうとしていく事が、そんなに悪い事なのか。
夫のあなたにとって、私より金の方が心配なのか。
腹の底でチリチリと不快な苛立ちが続き、どうにも拭えない。
「お母さん」
パジャマ姿の雅がリビングに入ってくる。もうとっくに寝ついている時間帯のはずなのに、この子は何でまだ起きているのだろうか。
「どうしたの?」
雅が私の身体に抱きついてくる。普段なら優しく柔らかく繊細で長い娘の髪を優しく撫でやるところだが、苛立ちのせいか私の手は娘のどこにも触れようとはしなかった。
「寝れないの」
「……そう」
裕の態度が気に食わない。理解してもらえない事が辛い。そんな不満が頭を埋め尽くし、私はくっついてきた雅の身体をそっと引きはがした。
「いつまでも甘えてないの。しっかりしなさい」
冷たく突き放すつもりはなかった。これも成長の為、戒めの気持ちでの言葉でもあった。
「……うぅ……」
みるみるうちに雅の目に涙が溜まっていく。しまったと思った時には、もう頬を涙が何度も伝っていた。
「……はい……」
悲しそうにとぼとぼと部屋に戻って行く。パタンと扉は閉じられ、私は部屋に一人きりになった。
「……何よ」
どこへともなく呟く。
今のは自分が絶対的に悪かった。雅は何も悪くないのに。自分の感情だけで、娘を突っぱねてしまった。戒めの気持ちという以外に、煩わしいと思って娘を遠ざけようとした。
私は、何をしてるんだろうか。
『アナタノコウフクドハ、69点、デス』
私を嘲笑うかのように点数が告げられた。
――私が間違ってるの?
幸せになろうとしているだけじゃない。
どこでおかしくなったの。
――幸せって、ナンダッケ?
ずきりとまた少し、頭痛がした。