(1)
「80点!?」
私が驚くと平田さんは満足そうに頷いた。
「そうなのよ。ようやくね。頑張った甲斐があったわ」
彼女が満面の笑顔でそう言うと、「平田さんすごい」「ほんと見てるだけで幸せ」「私も負けてられないわ」と周りも彼女の事を囃し立てた。
雅もすくすく成長し、今年から小学校に通い始めた。お猿さんのようにしわくちゃで一人で立つことすら出来なかった娘が、今や二本の足で走り回り、達者すぎるほどに口もまわるようになった。
小学校に通い始めると所謂ママ友という関係性が生じ始めた。学校という場は娘だけではなく家族としての社会の繋がりも変化する。今までなかった新たな人間関係に不安はあったが、周りの皆はいい人ばかりで気兼ねするような事は何もなかった。
だが、それは始めだけだった。
いい人なのはいい事だ。これが普通の世界であれば。だがこの世界は幸福を追求する世界だ。明確な幸福という量りがあるだけに、そこに歪が生じる。
――私よりもシアワセだ。
こうやって持て囃されている平田さんですら、この中では下から二番目の幸福度だ。ここにいる他の人達は皆既に80点越えの幸福優等生達だ。一番点数の高い三笠さんなんて89点というとんでもない点数を叩き出している。
――私だって、幸せのはずなのに。
今まで、いかに自分が狭いコミュニティの中で生きてきたかを痛感した。
井の中の蛙。今まで自分は最高の幸せ者だと思ってきたのに、周りと比べれば私の幸せは、最も低いものだった。
――なんで……なんで……。
彼女たちの幸せに、自分の幸せが劣っているとは思えない。今までどういった尺度で幸福が測られているのか、真剣に考えた事などなかったが、評価システムが狂ってるのではないかと疑心に駆られた。
「どうした、美咲?」
一体何が足りない。
「……ううん、何でもない」
「そうか。疲れてるならちゃんと休みな。手伝える事があったら手伝うから」
以前なら、こんな優しい夫の事を誇らしく、そんな人の妻である事を幸せに思えた。
でも、今は違う。
――そういう事じゃないの。
苛立ち。何も分かっていない、裕の暢気な言葉を腹立たしく感じている自分がいた。
いけない。これじゃ昔の自分に逆戻りだ。
嫌だ。幸せを失いたくなどない。
『アナタノコウフクドハーー』
なのに。
何でよ。
『アナタノコウフクドハ、72点、デス』
ばりっ。ぱりっ。ぱきっ。
そんな私を嘲笑うように、私の幸福度は下降し始めた。