(3)
「ありがとう。私のわがまま聞いてもらって。でも、ほんと来てよかった」
「そうか、それなら良かったよ。俺も見てもらえて嬉しかったよ。さて、この後どうしようか? ちょっとお腹空いてきたかな」
「あ、だったらおいしいパスタ屋さんあるんだ。そこ行こうよ」
「パスタか、いいね」
私達は以前真紀に教えてもらったパスタ屋で腹を満たした。私は何度か来ているので承知の事だが、この店の味に九条君も満足そうだった。真紀からこの店を教えてもらっていて良かった。
外に出ると日はすっかり落ち、夜の暗さが広がっていた。一日が早い。無気力に過ごしていた休日は長く感じるのに、九条君といる時間は一時間が一分ほどに短く感じる。それほどまでに私は彼との時間を楽しんでいて、幸せに感じているからなのだろう。
「じゃあ、ここで」
「うん」
寂しい。素直にそう思っている自分に驚く。こんなにも正直な自分がいる事に。
私は、確実に変わっていっている。彼と過ごしながら、どんどん変化している。
「あのさ」
いつもなら、すっと別れをする流れだった。でも、今日は違った。九条君は背を向けて歩き出さずに、こちらを向いたままだ。
どうしたんだろうと思い、彼の顔を見る。首を手でかいたりと、少し落ち着きがない様子だった。
「どうしたの?」
「ああ。うん……」
そう言ったものの、九条君はそのまま黙ってしまう。
言いしれない不安がじわじわと全身に広がり始めた。
大事な事を言おうとしている。それだけは感じ取れた。でも、それが私にとって良い事か悪い事か、そこまでは判断できない。
何も分からない。分からないが、ひょっとして自分は知らぬ間に、彼に何か嫌な思いをさせてしまっていたんじゃないだろうか。そんな考えが一気に頭の中を満たしていく。
何だ。何をした。今の今まで幸せに浸っていたのに。
「ねえ、どうして黙ってるの?」
堪らず口にした。だが、それでもなお彼は口を開かない。いよいよ不安が確信へと変わっていく。長い沈黙。幸せが終わっていくような時間。どうして。何が駄目だったんだろう。
『アナタノコウフクドハ、60点、デス』
――……え?
その時、ふいに頭の中に声が響いた。それは、いつもの幸福度の定期連絡だ。確かにタイミングはその時どきによるが、何もこんな時に言わなくてもいいのに。
――……待って。
だが、その瞬間違和感に気付く。
――60点?
点数が、上がっている。
「美咲」
彼がやっと沈黙を破った。緊張なのか、少々声は硬い。
「今更だって笑われるかもしれない。呆れられるかもしれない」
彼は言いながら、気恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「俺も、美咲の事が好きだったんだ」
すっと、時が止まったかのように、全てが静止した。
「九条君……それって……」
不安が一気に消し飛んだ。だが次の瞬間、あまりに眩すぎる光に包まれ、一切の視界が奪われた。それほどまでに衝撃が走った。
彼が、私を、好き。
「あの日、俺もそう言うべきだった。本当は俺も、美咲の事が気になってた。でも、ちゃんと伝えられなかった。」
この感覚。いつだかと同じだ。光が見えた瞬間。それは、あの同窓会の日に彼に会った時に見えた光だ。あの時と同じ。いや、あの時以上の光だ。
ようやくちゃんと理解出来た。どうして九条君の中に私が残れていたのか。あんな昔の事を留め続けてきたのだろう。その答えはこれだったのだ。
これは現実か。ろくでもない人生だと思っていた私の人生に起きている事なのか。
でもようやく全てが繋がってくれた。確かに辛い思いもした。
好きになんてならなければ良かった。そう思った事もあった。だが今ようやく、あの日から抱え続けてきた自分を認めてやる事が出来る。
「ううん」
――よくやった、私。
私自身が手繰り寄せたんだ。運命を。時間はかかったが、無駄ではなかったんだ。
ずっとずっと、好きでいたらこそ、この瞬間を手に出来たのだ。
「ずっと、待ってたよ」
私はもっと、幸せになれる。