(2)
閑静だが、立ち並ぶ家々は品格の漂う佇まいで、一目見ただけでそこにある暮らしがいかに自分とは違い裕福かという事が見て取れるものばかりだ。
「なんだかちょっと、緊張するな」
「自信作だって言ったじゃない」
「言ったけど、こんなふうに誰かに見てもらう事なんてないからさ」
「楽しみだなーどんな家か」
それは私のわがままだった。
建築デザイナーとして彼がどんな仕事をしているのか興味があった。度々彼は私に仕事の話をしてくれるが、大変でありながらも仕事を語る彼の表情は輝いていた。そんな彼の仕事を言葉から頭の中で描くだけでは満足出来ず、実際に自分の目で見てみたいと思った。
「まだ買い手は決まってないけど、あれだよ」
そう言って九条君が指を指したので、私はその先に目を向けた。
「へえ、綺麗だね」
九条君が手掛けたのは家だと聞いていた。私の目に見えている建物。純白を基調としたシンプルな佇まいだが、洒落すぎず静かな雰囲気が落ち着きを与えてくれる。
「中、入ってみる?」
「入ってもいいの?」
「外観だけなんてもったいないじゃないか。せっかく来たんだから」
「やった!」
「まあほんとは勝手には駄目なんだけどね。俺の権限で許そう」
「特例だね。じゃあ、お邪魔します」
ドアを開け中へ入る。入ってすぐ左手に二階へ続く階段があり、目の前に廊下を挟んでスライド式の扉、右手側にドアが一枚。私は右手側のドアに手をかけ、その先の部屋に入る。
広いフローリングのリビング。デザイナーズキッチンが備え付けられた広々とした空間は、ここで暮らすものに安らぎと安心を与えるような、暖かみを感じる。
「自分に出来る事は何だろうってよく考えるんだ。自分に出来る事。自分がやるべき事。俺はあくまで空間を提供する役割に過ぎない。家はそこに暮らす人の為にあって、俺の為じゃない。最終的にこの家を造り上げるのは、ここに住む人だからね」
住居として使用するのはもちろんだが、利用する者によっては、カフェやランチ、雑貨屋といった洒落た空間にも変化する事も出来るだろう。彼が言うように、ここを必要とする人によって求める空間に染め上げる事が出来る、そんな柔軟さも兼ね備えた家。彼の自信の理由が私にも分かったような気がした。
「素敵な人が創るから、こんなにも素敵に映るわけだ」
「え?」
「あ、あ、いや、うん! す、すごいなって思ったらつい」
意識しなかったが故に自然と漏れ出た言葉は、混じりっ気のない純粋なもので、とてつもなく恥ずかしい科白となって口から零れてしまった。顔が一気に熱くなるのを感じる。
「美咲って時たまドキッとするような事を言うよね」
「ちょっともういいから! 他の部屋見てもいい?」
「そんな怒るなよ」
乱れた心拍を抑えるように、改めて彼の家を見て回った。ここは家であり、彼にとっての作品だ。そう思うと、家を見ているというより、まるで美術館の崇高な一作に触れているような気持ちだった。
じっくり見れば見るほど、彼の思いが全てに込められていた。仕事において、自分がするべきことを全うしよう、そしてよりよい物を提供しようという彼の姿勢がそこかしこから滲み出ている。そうやって作品を堪能している私を、九条君は後ろで静かに見守っていた。こだわりであったり、見てるだけでは伝わらないものを言葉にしたい思いもあるだろう。それでも何も言わず、素直に感心している私をただ彼は見ているだけだった。そんな姿を後ろで感じながら、私は彼への気持ちを確かにしていく。
――やっぱり、私は……。
「そろそろ出ようか」
「うん」
一通り見て回った後、彼の声で私達は家を後にした。