第09話 マサシ 英雄になる
刑法第27章『傷害の罪』
第204条『傷害罪』 人の身体を傷害したものは、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金もしくは科料に処する。
第208条『暴行罪』 暴行を加えたものが人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金もしくは科料に処する。
思ってたより罰が重い……
俺はパトカーの中で尻を叩いた罪について説明を受けていた。
「異議あり!」
「……え?」
まさか俺が異議を唱えるとは思っていなかったのだろう。公僕は驚きの声を挙げる。
「『承諾』がありました。これは奴が誘ったんで「待った!」」
公僕の発言により、俺の証言が妨害される。
やつはフフンと鼻を鳴らして、自信ありげに語りだす。
「例え被害者の『承諾』があっても、目的や行為が社会的常識の範囲外と判断されると罪状が適応されるのさ」
「ぐっ!」
公僕の切り返しに、俺は声にならない声を挙げる。
こやつ、なかなかやるな。
しかし、まだ逃げられる可能性もある。
俺は一分の可能性に賭け反論を繰り出す。
「常識……そう。俺がやったことは常識の範囲内のは「意義あり!」」
ちいっ。今度は公僕が異議を唱える。
「563回……これが何の数字かわかるかね?」
聞き覚えのない数字だ。
……嫌な予感がする。
「き・み・が・少女の尻を叩いた回数だ!」
「ぐはっ!」
「店内の監視カメラにばっちり写っていた」
「ごふっ!」
ズビシュ!
そんな効果音がした。
吹き出る汗が止まらない。
だが、負けるわけにはいかない。
「ボクシングの試合などは試合上の怪我は、故意を欠いていると判断される。563回のスパンキングも正当とみなされてもおかしくない!」
俺は公僕を指差し、毅然と指摘する。
しかし、これが苦し紛れの指摘であることは火を見るより明らかだ。
「ふっ。ボクシングでもプロとアマの試合などは正式な試合とは判断されず、暴行罪、傷害罪が成立することもある。喧嘩等ももちろんだ。つまり、そもそも『承諾』が認められるケースは決して多くない!」
「お……おっ……」
言葉が出ない。
もうここから逆転する手立てはないのか?
俺の内心の焦りを察したのか、公僕は勝ちを確信し口端をさらに上げる。
コンコン……
惜敗濃厚な空気の中、何かを叩く音が聞こえた。
外を見ると、婦警さんが窓ガラスを叩いていた。
「はい。裏は取れたからもう良いよ。今度からちゃんと説明しておくようにね」
「「あざーす」」
彼女の一言で、パトカー内裁判ごっこは終わりを迎えた。
「マサシ……大丈夫だったか? 俺、お前のことが心配で心配で……」
好敵手と別れを告げ、車を降りた俺に駆け寄る斎藤。
「大丈夫に決まっているだろ」
俺は親指を立てて余裕を示す。
そしてそのまま立てた親指を斎藤の鼻の穴に突っ込んだ。
「すまん。手が滑った」
暴行罪は故意が認められなければ立件されない。
痛みに前かがみになる斎藤の背後から足を引っ掛ける。
「すまん。足が滑った」
暴行罪は故意が認められなければ立件されない。
そしてそのまま、両手を引っ張りチキンウイングで締め上げる。
そう、パロスペシャルだ。
かつてその危険すぎる技から、小学校で友達にかけることが禁止された非道な技。
暴行罪は故意が認められなければ立件されない。
「叩いて良いって言ったよな?」
「ぎ……ぎぶ……ぎぶ……ぉ」
……
気分が晴れたので、そのまま帰宅することにした。
斎藤は寝不足のようなので、そのまま寝かせておいた。
* * *
自宅リビングルームのソファにバタンと勢い良く倒れ込む。
有印良品のソファベンチ。成田空港でも使われているこのソファは、何と言っても耐久力が売りだ。荒い使い方をしてもクッション部分がへたる心配がないのが良い。
※春日さんがソファの上で暴れたら壊れる可能性があります。
……今日も疲れた。
セクハラ測定に始まり、反省文とスパンキング、更には警察だ。
頭がこんがらがる。
パラレルワールドでこれなら、ファンタジー世界に転生とか絶対無理だろjk。
喉が乾いたので、だるい身体を持ち上げキッチンへと向かう。
冷蔵庫に入っていたキンキンに冷えたコーラを取り出しプルタブを起こした。
プシュ。
小気味良い音がする。
一気に喉を通し、乾きを潤す。
再びリビングに戻りソファに横になると、テレビの電源を入れた。
夕方だったこともあり、ニュース番組ばかりだ。アニメはないのかアニメは。
チャンネルを回していたら、あるニュースが目に入る。
『速報! セクハラランキング更新される! 七英雄の世代交代か!?』
「ニュースでやることかよ!」
思わずテレビに突っ込みを入れてしまった。
この世界はセクハラに敏感すぎる。とても生きずらい。
『第1席 火の玉ボンバー』
惰性で眺めていると、糞ダサい名前がフェードインしてきた。
センスの欠片もない。
どうやら1位から順番に画面外から出てきてランク表に名前が記載されるらしい。
『第2席 炎のシュレン』
『第3席 炎の使い手我が名はインフェルノフレイムマスター』
「名乗りかよ! 1位から3位まで全部炎かよ! 属性バラせよ! 偏りすぎだろ!」
また、つまらぬ突っ込みを入れてしまった。
『第4席 海辺のジョニー』
『第5席 凍れる刻のフルフル』
『第6席 超電子バイオマン』
『第7席 漆黒のヴォルフガング』
「ぶはっ!」
知った名前が出てきて、思わずコーラを吹き出した。
他人事だと思って流していたので、不意を突かれた。
『漆黒のヴォルフガング』……変な奴だとは思っていたが、女なのに世界7位のセクハラ使いとは……
……あんなセクハラ、こんなセクハラ。いっぱいしてもらえるかも知れない。
オラワクワクしてきたぞ。
しかし、セクハラと言うか、厨二ランキングのようだな。
いや、厨二ランキングなら、『漆黒のヴォルフガング』が一位か。
俺は批評しながら、汚れたテーブルをティッシュで拭く。
シュゴッ!
一際大きな効果音を伴い、画面外から再び文字が飛び出してきた。
7位の次だから8位だろう。俺はそう思った。
しかし、その文字は7位の『漆黒のヴォルフガング』を弾き飛ばす。
『新第7席 混沌のマサシ』
「…………え?」
手に持っていたコーラの缶が落下する。
「な、なんと今回のセクハラ調査で、世界の7位が入れ替わりました。歴史的な瞬間です。新しい七英雄、その名は……」
画面の向こうで何か言っているが、俺の耳には入らない。
「ハラッセオ!」「ハラッセオ!」「ハラッセオ!」
「ハラッセオ!」「ハラッセオ!」「ハラッセオ!」
「ハラッセオ!」「ハラッセオ!」「ハラッセオ!」
テレビの向こうでは出演者からのハラッセオコール。
それを聞く俺の足元では、缶から黒い液体がシュワシュワと音を立てて零れ落ちていた。