第03話 マサシ、混沌する
「セクスィな尻とは何か? お前らはそれを考えないといけない」
白いガーターベルトを身に着けた木下(男・教師)が訳のわからないことを熱弁しだした。
「大きい尻も小さい尻も等しくセクスィだ。そこに好みは存在しても、優劣は存在しない。
では、尻の何が優劣を分けるのか? それは……斎藤、答えてみろ」
「ひゃい!」
左顎が腫れている斎藤が変な声を出した。顎が腫れているからうまく喋れないのだろう。それにしても、あの顎は一体、どうしたのだろうか。まるで誰かに殴られたように伺える。
「においです!」
「なわけないだろ!」
斎藤が迷走しだしたので、俺は助け舟という名の右フックを繰り出した。俺のフックは綺麗な曲線を描き、斎藤の左顎に牙を剥く。意識を刈り取られた斎藤は膝から崩れ落ちた。
「おぅ……そうだな尻に臭いはほとんどない。これまでの授業で説明をしたように、臭いの元であるアポクリン汗腺は尻には多くないからだ。臭いにセクスィがあるとしたらフェロモンを思い浮かべるだろう。しかし、フェロモンは、鼻の中の鋤鼻器という器官に訴えかけ、副嗅球、扁桃体、視床下部へと信号を伝える。一方、臭いは嗅覚器、主嗅球、大脳辺縁系、嗅皮質、大脳皮質と別経路を辿る。……つまり、臭いとフェロモンは関連性はない。臭い臭いが好きな奴は、単に性癖が特殊なだけと言える」
皆が斎藤の方を見てクスクス笑っている。斎藤は無反応だ。周りを気にせず白い目で空を見上げている。
「話が逸れたな。セクスィな尻とは、おおよそ形と明澄度で決まる。形の理想は後ろから見た時に円に見えること。明澄度とは混じりっけのない単色であることを示す指標だ。小麦色でも美白でも単色であればセクスィ、シミや色のグラデーションがついている場合はマイナスになる。水着の日焼け痕に興奮するのは単なる性癖だ」
「「「グハァ!」」」
何人かの男子の悲しき叫びが聞こえた。
「尻の形は大きく、円、四角、洋なし、逆三角で大別されることが多い。胸と違い、筋肉と姿勢で理想の形にすることができる。そして、1番大切なのは実は姿勢だ。猫背、S字脊柱を直せば尻は7割セクスィになる。残りの3割が筋肉だ」
白いガーターベルトを身に着けた木下(男・教師)が自らの尻をパァアンと叩いた。
「よし。浜松。前に出ろ」
「はい」
知的美人の浜松さんが呼ばれて皆の前に出る。大量のワカメを纏い、その下は下着だ。……ワカメどけてくれないかな。
「この尻は逆三角と呼ばれる。尻に肉がついてないとこの形になる。ダイエットを履き違えた若いジャパァァアン人女性に多い。スクワットをすれば綺麗な円形になることが多い。しかしスクワットは太腿を太くするので注意が必要だ。俺のお薦めは前蹴り。腿を90度の高さにゆっくり上げて、膝から下をゆっくり伸ばす。それを片足ずつ繰り返す……」
気づくと女子は前のめりになり、木下の説明を聞き入っていた。俺は浜松さんの尻を凝視していた。
その後も、『猫背は背筋を伸ばすのでなく、肩を広げる』『S字脊柱は整体に行く』『毛抜きは毛穴に色が沈着しやすいので、脱毛クリームにする』『毛を剃るときは逆剃りしない』『カサブタは剥がしてモイスト型の絆創膏を貼る』と言ったセクスィな尻についての説明が行われた。
実技は正しい前蹴り、正しいスクワットなどを習った。ブルガリアンスクワットは尻への負担が大きく、俺には5回が限界だった。近藤が12回という記録を打ち立て、木下に「流石、結合系だ」と褒められていた。そんなこんなで無事、初めてのセクスィ(実技)は幕をおろした。
……そういえば、結合系?というのは何だったのだろう。
習ったのは間違えなくセクシーな尻についてだ。
セクスィとは何だろう……謎が謎を呼ぶ。俺は未だ気絶している斎藤の足を掴み、その身を引きずりながら真理について考えを巡らせていた。
* * *
家に帰った俺は、過去のセクスィの教科書を漁ることにした。そして、そこで驚愕の事実に辿り着く。
目に入ったのは、中学校のセクスィのテストの回答用紙だ。点数は100点。点数が良いことはまあ問題ない。というか好ましい。問題は、氏名欄に『混沌のマサシ』と書いてあることだ。
「どこの厨二だぁぁぁ!!!」
まさか……俺は他にもテストを探す。
小学校5年生。それ以降、高校3年の一学期の中間テストまで全ての氏名欄に『混沌のマサシ』と書いてあった。
「恥ずかしすぎるぅぅぅぅぅ! 何故に混沌! 混沌! ……くぅぅぅ! 恥ずかしすぎるわ! 混沌って何だよ! えっ。何。俺、次のテストに氏名:混沌のマサシって書くの? 仮に学年1位取ったら、順位表に混沌のマサシって張り出されるの? 表彰されるときには混沌のマサシ君って呼ばれるの? おうふ……ありえねぇ……」
俺はベッドの上で悶え苦しんでいた。
そして、興奮から冷めて、誰にでもなく呟く。
「そもそも何でこんなことになっているんだ?」