第11話 マサシ 写真を撮られる
ほとんど会話もできない状態で、夕食は終わりを告げた。
何故かって? 「漆黒のヴォルフガングさん」と呼ぶたびに親の敵を見るような刺激的な視線を浴びせられるからさ。それならばと思い、フレンドリーに「ガングちゃん」と呼んでみた。殴られた。倒され跨がられ上からボコボコさ。しかし、俺も黙って殴られてはいない。跨がられたと言ってもマウントポジションではなく足で挟み込んで攻撃に備えた。所謂ガードポジションってやつだ。それで攻撃の隙きをついては、下から乳を揉みまくったさ。7回目の乳揉みの後、彼女は盛大に泣き出した。そこで頭に衝撃。何かと思ったら鬼軍曹の教育的指導がだったというわけさ。
「と言うわけなんだ」
「どういうわけ!?」
道すがら斎藤に経緯を説明したのだが、斎藤はやはり理解力が足りてない。
……まあ、斎藤のことはどうでも良い。
それよりも、道行く人が俺のことをチラ見することが多いのだ。やはりモテ期到来かもしれん。
「そう言えば、俺。七英雄なんだぜ」
カモン親友、賞賛プリーズ。そう思い、斎藤に話しかける。
「ああ……ハラッセオ」
斎藤の態度がとても投げ槍だ。残念すぎる。
「……何か、もっと、こう……無いのか?」
俺は催促した。
「え? ……昨日皆で拍手したら、マサシ暴れだしたじゃん」
そんなことがあったかも知れない。
俺は晴天を仰ぎ見る。
「今日は今日の風が吹く……」
「深いな……」
俺達は日本の未来……いや、ここはジャパァァアンだったな。ジャパァァアンの未来を憂いながら学びの庭へと向かう。
* * *
学校の門をくぐっても、やはり遠目に俺のことを見る視線が多いことに気づかされる。
来るんだ、美少女。勇気を振り絞って俺にKOKUHAKU。そう思い土間に向かう。しかし我が校の下駄箱には戸はついておらず、従って恋文をここで受け取ることはありえない。ジーザス。俺は神を呪う。
教室に入ると、黒板に「全校集会。体育館に集合」と書かれていた。
斎藤と顔を見合わせる。
俺が片眉を潜ませると、斎藤は肩を竦めた。
* * *
「――思い起こせば1923年。隣村に佳子さんという可憐な美少女が住んでおって。ワシは毎日――」
校長の話が20分を過ぎ、佳子さんの話に移行した頃、教頭が校長を止めにかかる。できればもっと早く止めてほしい。
「う。うむ。それでは表彰に移る」
ああ。どっかの部活が入賞でもしたのか。そう思っていた時期が私にもありました。
「『混沌のマサシ』君」
マサシ君……マサシ君……マサシ君……マサシ君……
「え?」
俺は混乱し、斎藤に顔を向ける。
斎藤は両手の指をクロスして十字架を作っていた。それが示すはグッドラック。
え? 呼ばれたのは俺で合っているのか?
似た名前の人ってことは無いのか?
何で呼ばれたの?
まさか…………昨日の「尻叩きか」!
俺が思考を巡らせ固まっていると、横川が小走りに近づいてくる。
そして俺は両脇を抱えられアブダクションされた。
「ごほん。……『混沌のマサシ』君
あなたは日頃の「セクスィ」活動に精励し
その弛まぬ努力が実を結び、「七英雄」になりました。
ここにその功績は他の生徒の範であると認め、表彰致します
江田島平七」
俺がいるのは舞台の上。
校長……もとい、昭和のストーカーが戯言を述べた上に、賞状を突き出してきた。
俺はカチコチになりながら、それを受け取る。
そこで拍手喝采。
手のひらが腫れ上がるんじゃないかと思わんばかりの激しい拍手。
スマホを片手に写真を取っているやつもいる。
何故だろうか。ストーカーが俺の肩に手をおいて、皆に手を振っていた。
そして、やつは事もあろうか、俺にマイクをよこしてきた。
「一言。何か一言言って。」
無茶振りをぉぉぉぉ!
無理やりマイクを握らされたところで、俺は気づいた。
拍手の音がやんでいることに。
皆が俺に注目していることに。
キラキラと輝く目が俺を映し出していることに。
もう頭の中はパニックだ。
名言……名言……名言……名言……
ダメだ。何も出てこない。
勢いだ! ここは勢いしかない!
俺はゆっくりと握った拳を天高く上げる。
そして、乾いた唇を動かした。
「俺は……一足先に行っている。……お前らのセクスィが後から追いついてくると信じて」
……シーン
……誰も何も反応しない。
俺は天を仰ぎ見た。我敗北しせり……
俺の黒歴史帳に新たな1ページが記されようとしたそのとき、僅かに声が聞こえた。
ッセオ……
そして、それがやがて音の波となる。
「ハラッセオ!」「ハラッセオ!」「ハラッセオ!」
「ハラッセオ!」「ハラッセオ!」「ハラッセオ!」「ハラッセオ!」「ハラッセオ!」「ハラッセオ!」「ハラッセオ!」「ハラッセオ!」「ハラッセオ!」
賭けに勝った。
そう思った俺は、言葉を続ける。
「俺に尻を叩かれたい美少女はいつでもやってこい! パンパン叩いちゃうぞぉ!」
ハラッセオコールは止んだ。
女生徒は汚物でも見るかの視線を俺に向け、
眉間に皺を寄せながら友人と顔を見合わせる生徒が続出した。




